1 急増したカスハラ(カスタマーハラスメント)問題とは?
「カスハラ」とはカスタマーハラスメントの略で、「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより当該労働者の就業環境を害すること」をいいます。
これもパワハラやセクハラと同様に、企業における重大な労務リスクの一つとなりつつあり、厚生労働省も令和2年に企業向けの対策マニュアルを公表しています。
更に令和8年以降、事業主には、カスハラ防止のために雇用管理上必要な措置を講じることが法的に義務付けられることになります(改正労働施策総合推進法の令和7年6月11日公布)。
現代社会では、サービスレベルの向上や顧客第一主義といった価値観から、顧客からの理不尽な要求までもが受容されなければならない空気が醸成され、顧客の要求を拒絶できず、日常的にストレスを受け続けた現場の従業員が、心身ともに疲弊してしまうケースが後を絶ちません。
従業員の精神的な健康を守るための体制整備は、企業の社会的責任としてますます重要性を増しています。
2 弁護士としてカスハラに対応した事例
実際に当事務所の弁護士が関与したカスハラ事例として、以下のような案件がありました。
【事例】結婚式場におけるカスハラと訴訟対応
ある結婚式場運営会社では、新郎新婦からの要望に最大限応える形で準備を進めていました。しかし、披露宴後、提供されたドレスや料理などが「注文内容と微妙に違う」として、顧客から強い叱責を受け、最終的には披露宴費用全額(数百万円)の支払いを拒否されるに至りました。
弁護士として事案に対応して分かったことは、その間、担当者は複数回のオーダー変更に対応し続けていましたが、対応すればするほど、顧客側が極めて不合理な要求をする傾向を示すに至りました。弁護士が代理人として交渉に入った直後も、都合の悪い質問には答えることなく、自分たちの都合の良い要求ばかりを繰り返すため、最終的には交渉による解決は困難と判断しました。
その後、弁護士は直ちに訴訟提起を行い、費用を請求した結果、全額が認容され、実際に支払いに至りました。
この事案は、顧客による「クレーム」を超えた明確な損害回避目的の言動であり、早期に毅然とした対応を取ることの重要性を示しています。
3 裁判例(東京地裁H30/11/2)
【事案概要】
スーパーに勤務するレジ担当従業員が、買物客から度を超えた暴言や乱暴な行為を受けたことを理由に、その雇用主に対して適切な安全配慮(正社員を配置する、深夜勤務体制を強化する、早期に入店許否の措置を取るなど)を怠ったと主張して損害賠償請求を行った。
【訴訟の結果】
裁判所は、雇用主が、従業員の入社時に、誤解に基づく申出・苦情の対応に関するテキストを配布して指導していたことや、サポートデスクなどトラブル発生時の相談体制を整えていたこと、非常事態に備えた通報用緊急ボタン設置などの体制構築を認めた他、当該客に対し、会社から入店拒否措置の可能性があることを伝えていたことなどを踏まえて、使用者の安全配慮義務違反は否定しました。
4 カスハラ加害者への対抗措置とは?
企業がカスハラ加害者(顧客)に対して行うべき対抗措置として、次のような対応・選択肢があります。
① 損害拡大防止措置としての取引中止(入店拒否)、接触の拒絶
契約内容にもよりますが、現に従業員がカスハラ加害者からの攻撃を受けているという状況を終わらせる必要があり、そのために取引を中止し、カスハラ加害者からの接触を断つことが必要です。
② 損害賠償請求(民事訴訟など)
上記措置を取った上で、被害の内容・程度に応じて、カスハラ加害者による業務妨害での損失や、名誉毀損・精神的損害に対する慰謝料請求が考えられます。
③ 被害届・刑事告訴
度を越えた要求行為や執拗な行為に対しては、威力業務妨害罪(刑法第234条)、脅迫罪(同222条)、暴行罪(同208条)などに該当しないかどうかを検討し、該当するときは、捜査機関に刑事処罰を求めます。
④ 接近禁止・施設出入り禁止の通知
店舗など施設管理権、営業の自由などを根拠として、接近禁止や入場制限を通知します(違反するときは、住居侵入罪が成立し得ます。)。
これらの対応を行う上では、専門的な判断や落としどころへの配慮といったバランス感覚が重要です。
5 カスハラ被害者(従業員)を保護するために行うべきことは?
カスハラ被害を受けた従業員に対して、使用者は、安全配慮義務に基づき、これを保護するための措置を取る必要があります。例として、次のような対応が求められます。
① 緊急時に相談対応ができる窓口の設置
② 発生した事案に関する事実確認(従業員へのヒヤリングなど)、複数名での対応指示
③ 担当、勤務地、業務内容などの変更による二次被害防止
④ 外部のカウンセラー、産業医面談の要否検討
⑤ 再発防止のための様々な措置
使用者として、特に必要なのは、早期の事実関係の把握と対応する者が適任なのかどうかということについての判断です。
管理職など内部の人員では対応しきれない、という場合には、早期に外部専門家としての弁護士に対応を依頼しましょう。
6 研修やマニュアル作成~日頃の対策についての弁護士の役割
カスハラ対策は「事後対応」よりも「予防」が極めて重要です。
弁護士にご相談いただいた場合にできる「予防」には、つぎのような項目があります。
① クレーム対応マニュアルの策定支援(対応フロー、相談窓口の決定など)
② 従業員様向け研修(基本的な考え方、カスハラ事例の紹介、NGワード)
③ 管理職向け研修(被害発生時の初動対応、クレームに負けない法的責任の考え方)
④ 顧客対応方針策定など(「従業員へのハラスメント行為は対応をお断りする旨」の告知など)
特に各種小売業、医療・介護業、宿泊・飲食業など、対面接客を伴う業種では、あらかじめ想定される事態に対する指針を整備しておくことが、従業員様の安心と企業の信頼を守る上で非常に有用です。
7 カスハラ対応について弁護士に相談したい方はこちら
カスハラの対応は、感情的な判断や属人的な処理に委ねることが最も危険です。事案が深刻化する前に、専門家の助言を得ることで、対応の正当性と実効性が確保されます。
既にトラブルが発生している場合には、訴訟・示談・通知書の作成等を含めてご相談ください。
一方、未然に防ぎたい場合には、マニュアル・研修体制の構築、リスク診断等をご提案します。
顧客との適正な関係を保ちつつ、従業員の人権と働く環境を守るために、法的なサポートを活用されることをお勧めします。
2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。
※日本全国からのご相談に対応しております。