社員が退職代行を利用した場合の企業側の対応

1 退職代行とは

近年、労働者が退職の手続きをスムーズに進める手段として「退職代行」というサービスの利用が増えています。

「退職代行」とは、退職をしようとする従業員から依頼を受けた第三者が、会社に連絡をして、従業員本人の退職の意思を伝え、退職に伴い生じる手続きを進めるサービスです。

弁護士でない者(退職代行業者)が、本人から手数料を受領して退職意思を伝達することは、紛争化していない状況下で、本人の意思を伝えるだけ(「代行」であって「代理」ではない。交渉を伴わない。)ということであれば、弁護士法に違反するものでもなく、適法になされていると言えます。

但し、退職代行業者からの連絡を受けた会社としては、連絡の中に含まれる会社に対する意思表示(例えば、業務指示に対する回答や、私物の引渡しに関する要求など。)が、本人の意思を単に伝達しているだけのものなのか、それとも業者の意向・判断によるものなのかを判別するのは困難で、単純に「適法」とも「違法」とも断定し難いのが実情です。

 

2 退職代行が使われる主な理由

(1) 職場の人間関係に問題を抱えている

退職を申し出る従業員が退職代行を利用する場合、表面上はともかく、本人の主観面では、職場の人間関係に問題を抱えていることがほとんどです。

退職という区切りに際しても直接自分で連絡をしたくない程に、これまで嫌な思いをしてきた、これ以上は傷つきたくない、という感情が、背景にあると推察されます。実際、退職を申し出た従業員に対し、上司や同僚が、心ない対応をすることもあり得ることから、自分の精神的平穏を守るための手段として、退職代行を利用していると考えられます。

(2)退職ができないことに対する不安がある

使用者の目線だと、退職を申し出る従業員は既に退職の意思を固めている、と思いがちですが、意外と「引き留められてしまうと決心が揺らいでしまうかもしれない」という不安を抱えていることがあります。

そのため、退職を申し出たときに使用者や上司から引き止められたくない、といった動機から、退職代行を利用することも多いです。在職中に精神的に追い詰められるなどした場合には、このような選択は合理的とも思われます。

(3) 会社に対する金銭請求を予定している

従業員は、在籍中の会社に対しては、正当な理由があっても金銭を請求することは心理的にハードルが高いと感じています。そこで、会社に対し、例えば未払残業代や損害賠償等の請求ができると考えている従業員は、退職のタイミングで、これを実行に移そうとしますし、そのために弁護士に依頼をすることも選択肢に入れているのが通常です。

そのため、退職の申入れ時には会社と敵対関係に入る以上、接触を避け、第三者を通じて用件を伝えようとすることとなります。

3 退職代行を通じた退職の申入れを会社から拒絶することはできるか

先ず、退職代行を通じたことを理由として退職を拒絶するということは、それが本人の意思である以上は、できないと考えられます。意思の伝え方として第三者を通じることは、契約当事者としての自由だからです。

しかし、契約条件によっては、そもそも退職ができるかどうかが異なります。

(1) 無期雇用労働者であれば退職はいつでもできる

期間の定めのない従業員は、民法627条1項に基づき、退職日(雇用契約の解約の日)の2週間前までに退職の意思を示すことによって、退職する権利が認められています。退職をするのに会社の承諾は不要です。

これは退職代行を通じた意思表示であっても同じで、企業側が退職を阻止することはできません。

(2) 有期雇用労働者は原則として途中で退職できない

有期雇用労働者が契約期間の途中で一方的に退職することは、原則として認められません。これは、雇用契約の解除が「やむを得ない事由があるとき」に限られるとした民法第628条の前提として、このように解釈されます。

そこで、企業の対応として、退職代行からの連絡に対しても、法的に雇用契約は終了しないことを前提として出勤を指示することは、法的には問題はありませんし、その場合に本人に直接連絡をしたとしても問題はありません。

本人が出勤指示を受けたにもかかわらず出勤を拒絶し、それによって企業が損害を被ったときは、出勤拒絶と損害の発生との間の因果関係が認められれば損害賠償請求を行うことも可能と考えられます。この場合に、どの程度の損害までが賠償の対象となるか、因果関係に関する論理構成と証明は、それなりに高度のものが求められると思われます。

また、使用者として退職前に業務の引継ぎを指示命令した場合、従業員として引継ぎを行う義務が生じますが、それに違反したとしても、直ちに損害賠償責任が認められるものではありません。

したがって、有期雇用社員において一方的に退職することは法的には難しいものの、現実には退職を宣言して出勤しなくなったときに使用者として取り得る手段は限られることになります。

(3) 関連する裁判例

a)中途退職が債務不履行とされたケース

東京地裁平成27年3月31日判決
事案:クリニックに有期労働契約で雇用されていた医師が、体調不良を理由に退職願いを提出した事案。
判決:裁判所は、医師の退職の原因がクリニック側にあった、あるいは、クリニックが退職を了承したとの主張を排斥し、クリニックでの診療及び管理業務等の職務をクリニックの了承なく放棄した医師に債務不履行責任があると認め、後任医師の紹介費用や逸失利益の一部について損害として認定し、医師に賠償を命令した。

b)突然失踪した従業員に債務不履行責任が認められたケース

知財高裁平成29年9月13日判決
事案:無期労働契約の関係にあった労働者が突然失踪し、事業者側が債務不履行に基づく損害賠償請求を行った事案。
判決:労働者は退職するに当たり、所定の予告期間を置いてその旨の申入れを行うとともに、適切な引継ぎ(それまでの成果物の引渡しや業務継続に必要な情報の提供など)を行うべき義務を負い、何らの引継ぎもしないまま突然失踪し、使用者に何らの連絡もしなかったことが債務不履行を構成することは明らかであり、使用者に対して損害賠償義務を負う、とした。

c)退職する従業員に業務続行、引継ぎを約束させたことは有効か

福岡高裁平成28年10月14日判決
事案:うつ病となった無期雇用社員が退職を申し出たのに対し、事業者側が、後任者が来るまで業務を続け、引継ぎを行うこと、これに違反したときは損害を賠償することを約束する誓約書を作成させ、労務不提供に関する賠償請求を行った事案。
判決:労務不提供の理由がうつ病にあったことを理由に賠償請求は棄却、むしろ誓約書を作成させたことを安全配慮義務違反とし、従業員に対する慰謝料支払いを命じた。

4 労働者に退職代行を使われた企業の対処法

(1) 労働者本人によるものか、意思確認

退職代行業者から連絡があった場合、本当に本人の意思で依頼されたものかを確認することが重要です。弁護士が代理している場合は、一般的には委任状を確認することで本人の意思かどうかを確認することができます。

弁護士以外の退職代行業者の場合は、本人と直接の連絡を試みることも選択肢の一つですが、本人が退職代行を通じてハラスメントの被害などを申告してきているときは、直接の連絡が二次被害とならないように慎重に進める必要があるため、委任状や本人の身分証明書の写しなど、本人確認書類の提示で対応した方が良いでしょう。

(2) 退職に関するルールを確認し、退職前に従業員が行うべき業務の遂行を指示する

社内の就業規則や労働契約に基づき、退職に関するルールを確認した上で、当該従業員の退職日がいつになるか、といったことを確定し、その従業員の業務の進捗を確認します。

退職代行業者に対してでも、必要に応じて、引継ぎ業務などを具体的に指示して、対応を求めるべきです。

また退職に関するルールに従った手続きを求めること、退職時に提出を求めるべき誓約書(情報漏えいの防止に関するものなど)等が定められているときは、その任意の作成・提出を求めることとなります。

(3) 貸与品の返還や私物の引取等

退職代行を利用した場合でも、退職届の提出や貸与品(PC・制服・社員証など)の返還を求めることができますし、会社に残存している私物の引取りを要請することは当然に可能で、むしろ退職代行業者は、それを円滑に進めることを業務としています。

スムーズな手続きのためには、必要な書類や手順を具体的に退職代行業者に伝えることが必要です。書類で案内するときは、必ず受領サインなどを求めるなどして、後のトラブルを防止することが必要です。

5 退職代行を使われた場合の対応に関する注意点

(1) 退職日までの有給休暇の消化に応じる必要があるか

退職日までに有給休暇の残日数がある場合、労働者は有給休暇の取得を申請するのが通常です。会社側には、業務の都合による「時季変更権」の行使という限度で、有給休暇の取得を阻止することができるはずですが、既に退職する従業員との関係では、時季変更権の行使は「濫用」との評価を受ける可能性が高く、有給休暇としての扱いは避けがたいと思われます。

実務的には、退職の申入れを受けた時点で、有給休暇の残日数を従業員にも伝えた上、従業員側はその日数を消化できるような猶予期間後に退職日を設定する、という形になります。有給休暇の残日数を正確に伝えなかったことで労使のトラブルになることもあるため、注意が必要です。

なお、退職日の有給休暇の買取りを行うことは、労働者側が希望し、あるいは実質的に強制されることなどなく任意に合意するのであれば問題はありません。

(2) 退職代行の利用を理由として懲戒処分等ペナルティを課すことができるか

退職代行を利用したこと自体を理由に懲戒処分を行うなど、ペナルティを課すことは、有期労働契約で中途の退職が法的に認められないようなケースでなければ、不当な扱いとみなされる可能性があります。

特に、退職の自由は法律で一定程度まで保障されていることなどを踏まえると、退職代行の利用を理由とした不利益な扱いは避けるべきです。

(3) 退職の条件について協議が必要な場合は?

一般の退職代行業者は、退職の意思を伝えることしかできません。未払い残業代の請求や退職条件の交渉は、弁護士または弁護士法人にしか認められていませんので、弁護士でない退職代行業者から給与未払い請求などの交渉を持ちかけられた場合は、当然に拒絶することになります。

場合によっては、近隣の弁護士会に対して、非弁行為として情報提供をしていただくべきであると思います。

6 まとめ

退職代行を利用する労働者が増える中、企業側としては、法律に則った適切な対応を行うことが求められます。退職を拒否できるケースとできないケースを把握し、手続きを適切に進めることが重要です。また、未払い残業代請求や退職条件の交渉には弁護士が関与する必要があるため、専門家のアドバイスを受けながら対応することをおすすめします。

退職代行に関するトラブルや対応にお困りの企業様は、福岡の弁護士法人本江法律事務所までお気軽にご相談ください。

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2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。

※日本全国からのご相談に対応しております。

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