昨今、介護業界では、利用者やその家族から介護職員に対する暴言・暴力、不当な要求といった「カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)」が深刻な職場環境リスクとして顕在化しています。
カスハラ自体は、介護業界に限らず、様々な業種で問題となっています。なお、弁護士も割とカスハラ被害に遭いやすい職業で、依頼者が牙を剥いてきた場合に対応を誤ると資格を失いかねません。他人ごとではないからこそ、対策において弁護士に相談・依頼することは適切であると思われます。
全業種対象に行われた調査(令和5年度厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書. 2024.3月)におけるカスハラ被害を受けた労働者の割合が10.8%とされているのに比べ、2024年に実施された日本介護支援専門員協会の実態調査では、ケアマネージャーの33.7%が3年以内にカスハラ被害経験があると回答していると報告されており、介護施設などの介護従事者においても過去にカスハラを経験した割合が高く、特にカスハラ被害が生じやすい業種であることが明らかとなっています。
カスハラ対策が注目されている原因としては、これを放置することで被害に遭った従業員においてメンタル被害や離職などにつながるリスクが高いことがあり、特に介護業界においては介護従事者の確保が困難な昨今、カスハラ発生の事前事後の対策が必要で、予防と適切な対応マニュアルの整備が求められています。
本稿では、介護事業者が知っておくべきカスハラの定義と、事業者が求められる具体的な対策等について弁護士の視点から解説します。
1. カスハラの定義と対策の必要性(全業種共通)
「カスタマーハラスメント」とは、①顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動であって、②社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③当該労働者の就業環境が害されることを言います。
典型的なものとして、顧客等から従業員への暴言や暴力、不当なサービス要求や謝罪要求、長時間の拘束やSNS等での誹謗中傷といったカスハラ行為が、社会的な問題として認識されています。
上記の定義は、2025年6月に成立した労働施策総合推進法の改正法(2026年施行予定)において初めて法定化され、雇用管理上、必要な措置を講じることが事業主の義務とされました。
それに先立ち2022年2月に厚労省が公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(以下「厚労省カスハラマニュアル」)において、カスハラの定義としては顧客等からのクレーム・言動のうち、その内容において妥当性を欠くもの、内容に照らして手段・態様が不相当で、就業環境が害されるもの、といった定義づけがなされていました。そこでは実例の判断においては、厚労省カスハラマニュアル上は、クレーム・言動に妥当性があるかどうか、妥当性があるとして手段・態様が相当かという判断基準が示されており、参考になります。
2. 介護業界におけるカスハラ対策の動き
介護サービス提供者は、令和3年度介護報酬改定において、ハラスメント防止措置に関する何らかの措置を講ずることが義務化され、カスタマーハラスメントについても防止方針の明確化と必要な措置の実施が推奨され、その指針として、「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」が2022年3月、厚労省より公表されています。
このマニュアルは、厚労省カスハラマニュアルをベースに、介護業界の特性を踏まえた内容となっており、介護施設において対策を強化する際には、是非とも参考にすべき内容となっています。
例えば、長期的に関係を継続していくことになる利用者・家族に対する対応の仕方についての解説や、サービスが訪問型か通所系、施設系で対策の仕方が異なるということも、介護サービス提供者が指針・対応体制の整備を行う上では十分に参考になるものです。
以下では、この介護現場におけるハラスメント対策マニュアルも参考にしつつ、介護事業者が講じるべき具体的対策として把握しておくべき事項を解説します。
3. 介護事業者が講じるべき具体的対策
(1) 方針・規程の策定
カスハラの定義や禁止方針を上記カスハラに関する労働施策総合推進法の改正法を踏まえて記載し、適用対象としての職員、利用者、その家族等に周知する必要があります。
特にサービス提供契約書等には、カスハラ行為があった場合の対応(注意、サービス停止、契約解除等)を明記することになりますが、特にサービス停止や契約解除といった利用者やその家族等にとって大きな影響のある対応をする場合においては十分に慎重を期すことが求められ、どのようなプロセスを経る必要があるか、ということまで記載することが有効であると考えられます。
(2) 職員に対する教育・研修
職員に対して、利用者やその家族等からカスハラ行為を受けないようにするための対策や、カスハラ行為を受けた場合における対応手順などを、カスハラ行為の具体例を示しながら解説する内容の研修を実施する必要があります。また、研修受講後の理解度を確認したり、職員間での経験共有のための勉強会などを開催することも有効です。
特に重要なのは、管理者も含めて共通の認識を持つことで、上記方針・規程などとのに定めたカスハラ発生時の対応体制等が遵守されるようにすることです。
(3) 利用者・家族等に対する周知と対応
介護事業者にとって、利用者・家族等に対して、契約時において職員に対するカスハラ行為をしないようにすることが介護サービスの継続的かつ円滑な利用に必須であることを説明、周知することは非常に重要で、そのために重要事項説明書や契約書に十分な記載を行うこと、カスハラの具体例、発生時における介護事業者の対応(場合によっては契約解除になること)を適切に伝えておくべきです。
また、介護事業者側(職員)も、利用者・家族等の情報・特性を十分に把握し、そもそもクレーム等が発生しないように連携をしておくことが必要です。
(4) サービス種別に応じた具体的な対応のポイント整理
カスハラ行為が生じないようにするために、職員と利用者・家族等がサービス提供時において「1 対 1」 や「 1 対多」の状況にならないようにすることが求められます。これをサービスの種別ごとにどのようにして実現していくか、具体的な指導が必要です。
例えば訪問系サービスでは、利用者や家族等の居住場所であるため、職員は複数体制で訪問することが安全確保や精神的負担の軽減のために必要となります。
また、施設系サービスや通所系サービスにおいても、ケアの内容、提供場所、時間帯によっては、1 対 1 や 1 対多の関係や状況になる可能性があり、そのようなリスク要因をできるだけ回避するための環境整備や対策を講じることが求められます。
(5) カスハラ発生時の記録・証拠収集
職員に対するカスハラ行為が発生した場合、職員がカスハラと認識した時点で、その日時、発言内容、発生の状況等を、可能な限り詳細に記録する必要があります。証拠となり得る録音・メモ等の整理は後の対応で重要になります。
(6) 相談窓口・支援体制の整備
職員が気軽に、かつ安心して相談できる内部相談窓口を設置するとともに、必要に応じて専門家(弁護士等)による支援を活用する体制を整えることが必要です。カスハラ行為が発生した場合、管理者が加害者に対応することで二次被害が発生する可能性もあることを認識し、適宜、専門家による対応に切り替える、といったことが求められます。
4. サービス提供契約の解除に関する実務上のポイント
カスハラ行為を行った利用者や家族等との契約を継続することが、職員の安全や健康に重大な影響を及ぼす場合などにおいては、サービス提供契約の解除も視野に入れなければなりません。
但し、介護サービスの提供契約を一方的に解消することは、利用者等の生命・身体に危険を及ぼす可能性もあり、その解消に際しては、「正当な理由」が求められます。
この「正当な理由」があると言えるかどうかを判断するに際し、上記マニュアルでは、「①ハラスメントによる結果の重大性、②ハラスメントの再発可能性、③契約解除以外のハラスメント防止方法の有無・可否及び契約解除による利用者の不利益の程度等を考慮する」必要があるとしています。
そして「正当な理由」が肯定されるのは、例えば、利用者による職員への暴力が発生、話合いによっても再発可能性が否定できない場合で、予告期間を置き、契約解消後の別の事業所紹介といったプロセスを経た上で契約解消を行う、といった慎重な対応がなされた場合に限られると考えられます。
この点は、弁護士などの外部の専門家にも相談し、訴訟等のリスクも踏まえて判断すべきです。
5. 弁護士への早期相談の意義
上記のとおり、介護施設、介護サービスにおけるカスハラ対策は、単に事案発生時の対応の問題に留まらず、利用者やその家族等との間の日常的な信頼関係構築といった事前の対策、契約書・重要事項説明書等の法的観点からの契約書レビュー、事案発生時の対応フローの整備・見直し・研修、といった複合的な事前対策を必要とするため、専門家である弁護士に早期に相談を行い、適切に体制整備を行う必要があります。
本江法律事務所においては、顧問先として複数の介護施設に対応をしてきた経験を活かし、介護事業所や介護サービス提供事業者における基本方針の策定から、職員への教育・研修、事案発生時の緊急の対応や窓口としての対応等を総合的な対応において介護事業者に適切な支援を行うことができます。
お気軽にご相談いただき、必要な支援を受けるようご検討ください。
2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。
※日本全国からのご相談に対応しております。







