会社に損害を与えた従業員に損害賠償を請求できるか【福岡で企業法務に強い顧問弁護士】

従業員に損害賠償を請求

従業員が会社に損害を被らせる事例

従業員の業務上の行為が、会社に損害を与えることは、ままあります。
典型的な例を一部挙げると、次のような行為や不作為があり得ます。
・社用車を運転していて交通事故を起こした。
・会社から貸与されたPCや携帯端末を紛失した。
・会社の預金を権限なく引き出して横領した。
・会社が管理する個人情報を名簿として第三者に売却したことが発覚し、個人情報の本人らに対して会社が賠償せざるを得なくなった。
・不適切な営業活動により契約締結に至ったが、後日、契約を取り消されてしまった。
・現場の監督を怠った結果、注文と異なる仕様で建物が建築されてしまった。
・与信枠を超えた取引を決裁を受けることなく交わし、売掛金回収が滞ってしまった。

こういった業務上の従業員の行為により損害を被った会社として、従業員からの賠償支払いを求める場合には、気を付けるべきことがいくつかあります。
大きく言えば、そもそも従業員に請求できるか、という問題(責任論)と、請求できるとして全額の請求が認められるか、という問題(損害論)です。

従業員への責任追及が認められるのはどういう場合か

1)まず、従業員の加害行為により、直接、会社に損害が生じる場合、その行為は雇用契約に基づく債務不履行(民法415条)あるいは不法行為(民法709条)として損害賠償責任が発生し得ます。

2)加害行為が直接には会社以外の第三者に損害を加える場合、例えば、従業員の交通事故で人身傷害が発生したり、不適切な取引で顧客に損害を与えたような場合には、従業員が不法行為に基づく損害賠償責任を負い、しかもその行為が職務に関連したものであれば、会社自体が被害を受けた第三者に対する損害賠償責任を負います(民法715条1項)。その責任を果たすため支払いをしたことを理由に、会社は従業員に賠償請求(求償請求)を行うことができます。

3)ただし、会社の従業員に対する上記のような賠償請求については、判例上、危険責任・報償責任の原則(業務遂行上のミスから生じる損害は、労働者を指揮命令する立場にあり、労働者を使用することから利益を得ている使用者が負担すべきであるという考え方)によって制限されることがあります。従業員に過失があったとしても、それが故意や重大な過失とまでいえないときは、損害賠償請求や求償請求が棄却されることも多いので、注意が必要です。

検討すべきこととして、会社の管理体制の問題があります。

そもそも業務自体が危険なものだったとか、長時間労働や深夜勤務で労務が過重だったとか、指導が不十分、または行き過ぎていたとか、事故防止策が取られていなかったなど、会社側が損害発生の原因を作り出していたと評価されてしまう場合には、請求自体が厳しくなります。
逆に、業務マニュアルの作成などが行われていたのに従業員が守らなかった場合や、過去にもミスや失敗が生じて再発防止のための指導・研修等が実施されていたにもかかわらず、従業員が加害行為をしてしまった場合には、従業員に重大な過失があったと評価されやすくなると考えられます。

損害の全額を賠償させることができるか

従業員が会社に対して損害賠償責任を負うこと自体は認められるとして、その賠償額についても、全額の請求は、信義則(民法1条2項)によって認められず、減額が行われることが多いです。会社と従業員の経済力の差、危険責任・報償責任といった考え方、会社・従業員間における損害の公平な分担ということが理由となります。

注意しておきたいこととして、損害賠償を給与との相殺で回収する、という処理をしてしまうことは、労働基準法(24条1項)違反になり得るということです。
同条では、原則、賃金はその全額を支払わなければならないとされています。従業員の賃金がその生活を支える重要な財源であるため、これを確実に受領させて生活に不安のないようにするべきという趣旨であるため、給与と損害賠償債権との相殺はできないと解されています。損害賠償請求権が、債務不履行に基づくものでも、不法行為に基づくものでも結論は同様です。
但し、従業員が自由な意思に従って相殺に同意した場合には、相殺も有効になります。もっとも、この同意が自由な意思に基づいてされたと裁判で認められるには、自由な意思に基づくと認めるに足りる「合理的な理由」が「客観的に」存在するときに限られるとされています。そのため、このような相殺の同意を取り付けることも、かなりリスクのある処理だということは認識しておいた方がいいでしょう。

更に、就業規則などで従業員が負うことになる損害賠償額を予定する条項を設けた場合、これは労働基準法16条に反するため、そもそも無効となります。就業規則に、従業員の会社に対する損害賠償責任に関する規定を設けようとする場合、従業員の責任の範囲を狭めることはできても、責任の範囲を広げる、加重する規定としては無効となり得ます。
したがって、就業規則により、従業員に対する損害賠償を容易にすることも、対策としては意味がないということになりかねないということです。

実際の裁判例における責任の制限

過去の裁判例では、どのように判断されているでしょうか。

① 賠償額が10分の1とされた例

消費者金融会社の従業員が、内規違反の貸付により多額の損害を生じさせた事案では、会社が厳しい営業目標を課していたことや、会社が大手事業者として経済力があること等が考慮されています。

② 賠償額が2分の1とされた例

中古車販売会社の店長である従業員が、取引先に騙されて取引を行った結果、会社が被った損害について、店長に重過失があるとしながら、諸般の事情を考慮して、賠償責任は半分の限度で認められました。

③ 賠償額が4分の1とされた例

従業員が売掛金の請求書作成を怠ったことによって生じた損害について、その当時、過重労働があったことや、会社側の再発防止措置が不十分であったことなどの会社側の管理体制の問題が考慮された事案です。

④ 全額の賠償が認められた例

これに対して、全額の賠償が認められた事例としては、競業避止義務違反、計画的な従業員引き抜き、会社からの金銭の不正取得、背任行為等の事案があります。これらはいずれも従業員が故意に会社に損害を与えた事案であるため、従業員への全額の賠償請求が認められるのは、故意がある場合に限られる(重大な過失の場合ですら難しい)と考えてもよさそうです。

会社として対策しておくべきこと

結論として、会社が従業員に損害賠償請求を行う時には、従業員の過失により損害が発生したケースか、故意によるものかで大きな違いがあります。過失による場合でも、会社側の管理体制などが賠償責任の割合に大きく関わるため、そのような事態に備えて、ミスが起こりにくい体制を構築する企業努力が必要です。
また、多くの場合、会社側にも最終的な負担がかかってくることから、それをカバーする損害保険への加入を検討することも必要です。

いずれにしても、会社の従業員に対する損害賠償事案については、企業法務に詳しい専門家のアドバイスが必須です。

 

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顧問弁護士に関する具体的な役割や必要性、相場などの費用については、以下の記事をご参照ください。

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2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。

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