業務上の理由ではなくメンタル不調となった従業員を解雇できるか?

業務上の理由ではないメンタル不調の取扱い

昨今、従業員のメンタルヘルスは、企業にとって重要な経営課題となっています。常時50名以上の従業員を抱える事業所において定期的なストレスチェックが義務化したことからも分かるように、メンタルヘルス不調とならないように職場環境を整えることが求められています。

職場のストレスが原因でメンタルヘルス不調となった従業員は、労働基準法上の保護の対象となっています。
業務における強い心理的負荷が原因となって精神障害を発症したと認定されると、労災保険の対象となるほか、その疾病による休業の間や、復帰後30日間において解雇することは禁止されます(労基法19条1項)

労災や業務上の疾病とは言えないメンタル不調であっても、従業員が精神疾患に苦しんでいる状況において、使用者としては慎重に対処する必要があります。解雇の問題以前に、業務指示の段階でも、メンタル不調を悪化させないように注意すべき安全配慮義務が認められることが多いと思われます。

メンタル不調の従業員を解雇することができるか

業務上の理由でない精神疾患の従業員への対処を考えたときに、まず、その疾患が労働能力に影響を与えているかどうかを確認する必要があります。精神疾患が従業員の労働能力に影響していないのであれば、そもそも特別な対処をする必要はないと言えるでしょう。

一方で、労働能力に明らかな影響を与えている場合、従業員が雇用契約に基づき負う労務提供の義務が履行されていないということができます。しかし、その場合でも、事業主には、その従業員に対し、雇用維持のために合理的な配慮をする責務があると考えられます(障害者雇用促進法第5条参照)。

その配慮の一つとして、適切な支援と職場環境の調整が必要となります。
例えば、休暇、休職により治療に専念できるようにすること、業務内容の変更といった労働条件の緩和を通じてストレスを緩和すること、さらに産業医や主治医への受診やカウンセリングなどの機会を提供して、メンタル不調の悪化を防ぎ、回復を支援することが考えられます。

では、こういった適切な支援・職場環境の調整といったプロセスを経ても状況が改善しなかった場合に、メンタル不調の従業員を解雇することはできるでしょうか。

従業員のメンタル不調を回復させるために環境を変えるという意味で、退職は一つの選択肢と考えられます。そういった観点で、本人に退職勧奨を試みることは、その態様に気をつける限り許されるでしょう。

しかし、本人の意思によらない解雇という方法は最終手段としてとらえるべきで、他の適切な対応策が尽くされ、効果がない場合にのみ考慮されるべきです。

労働契約法では、解雇は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効」となると定めています(同法16条)。

メンタル不調者に対する解雇の裁判例

【日本ヒューレット・パッカード事件(最二小判平24.4.27労判1055号5頁)】

職場の同僚らによって嫌がらせを受けていると被害申告をしていた従業員が、有給休暇を取得して出勤しなくなり、有給休暇を全て消化した後も約40日間にわたり欠勤を続けたケースで、会社は、就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤があったとの理由で諭旨退職の懲戒処分としました。その後、従業員から会社に対し、上記欠勤は正当な理由のない無断欠勤には当たらず懲戒処分は無効であるとして、雇用契約上の地位を有することの確認と賃金等の支払を求めた事案です。

最高裁は、この従業員が、精神的な不調を抱えて被害妄想に陥っていたことを捉え、実際には事実として存在しないにもかかわらず、約3年間にわたり盗撮や盗聴等を通じて自己の日常生活を子細に監視している加害者集団が職場の同僚らを通じて自己に関する情報のほのめかし等の嫌がらせを行っているとの認識を有しており、上記嫌がらせにより業務に支障が生じており上記情報が外部に漏えいされる危険もあると考えて、自分自身が上記の被害に係る問題が解決されたと判断できない限り出勤しない旨をあらかじめ使用者に伝えた上で、有給休暇を全て取得した後、約40日間にわたり欠勤を続けた、という事実を認定したうえで、このような欠勤は、就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たるとはいえず、上記欠勤が上記の懲戒事由に当たるとしてされた諭旨退職の懲戒処分は無効である、としました。

最終手段として解雇の必要があったか、ということを判断する上で、最高裁は、このような精神的な不調のために欠勤を続けている労働者に対しては、精神科医による健康診断を実施するなどした上で、その診断結果等に応じて必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応を採るべきとして、未だ他の適切な対応策が尽くされたとは見なかったと理解することができます。

メンタル不調の従業員に対する対応に迷ったときは

メンタル不調の従業員がいる会社の経営者としては、上記のように慎重な対応が求められることになりますが、最終判断の場面では弁護士などの専門家によるアドバイスは不可欠です。

当事務所は福岡・天神に拠点を構え、企業法務の一環として使用者側の労務問題に長年取り組んできていますので、従業員に対する解雇の是非についても多くの経験があります。

ご相談は土日対応(ご予約が必要です。)も可能ですので、お気軽にお問合せください。

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2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。

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