就業規則を整備していない会社が直面するリスクと、 弁護士が勧める整備のタイミング

「就業規則は社員が10人以上になったら作ればいい」——そう考えている経営者や人事担当者の方は少なくありません。確かに、労働基準法上は常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成・届出が義務付けられています(労働基準法第89条・第90条)。

しかし、就業規則がない(あるいは形式的にしか整備されていない)状態で労務トラブルが発生した場合、会社側は非常に不利な立場に置かれます。本コラムでは、就業規則未整備のリスクを具体的に示したうえで、弁護士として推奨する整備のタイミングと、社労士だけに任せることの限界についても解説します。

1.就業規則がないと、なぜ問題になるのか?

就業規則は単なる「社内ルールの羅列」ではありません。法的には、就業規則が合理的な内容で周知されている場合、その内容が労働契約の内容となります(労働契約法第7条)。また、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分が無効となり、就業規則で定める基準が適用されます(労働契約法第12条)。つまり就業規則は、会社と従業員の間の「契約書」に相当する法的効力を持ちます。

就業規則が存在しない、または内容が不十分な場合、以下のような問題が生じます。

① 問題社員を解雇・懲戒処分できなくなる

解雇や懲戒処分(降格・減給・出勤停止など)を行うには、就業規則にその根拠となる規定がなければなりません(労働基準法第89条第3号・第9号)。また、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合は「解雇権の濫用」として無効となります(労働契約法第16条)。就業規則がなければ、問題行為があっても「懲戒の根拠がない」として処分が無効となるリスクがあります。

実際に「無断欠勤を繰り返す社員を解雇したら、不当解雇として訴えられた」「横領した社員を懲戒解雇にしようとしたが、懲戒規定がないため普通解雇にせざるを得なかった」という相談を当事務所でも数多く受けています。

② 残業代・退職金トラブルが起きやすくなる

残業代の計算ルールや退職金の支給基準が就業規則で明確になっていないと、従業員が退職後に「払われていない残業代がある」「退職金の計算が違う」と主張した際に、会社側が反論しづらくなります。

とくに退職金については、就業規則に定めがなくても「支払う慣行があった」と認定されるケースもあり、会社の予期しない支払い義務が発生することがあります。

③ 休職・復職のルールがなく、対応に困る

メンタルヘルス不調による休職は、現代の企業が避けられない問題です。休職期間の上限、復職の条件、復職できない場合の取り扱いが就業規則で定まっていないと、会社が対応に迷うだけでなく、対応を誤ることで損害賠償リスクにつながります。

④ 各種ハラスメントへの対応が難しくなる

パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法第30条の2)の施行により、企業はハラスメントに関する方針の明確化・周知・相談体制の整備が義務付けられています(2022年4月より中小企業にも適用)。就業規則にハラスメントの定義・禁止規定・相談窓口・懲戒処分の規定が整備されていなければ法令違反となるほか、使用者としての安全配慮義務違反(民法第415条・労働契約法第5条)を問われ、被害者から損害賠償請求を受けるリスクも高まります。

2.「社労士に任せているから大丈夫」は本当か?

就業規則の作成・変更届出は、社会保険労務士(社労士)の業務範囲です。実際に多くの中小企業が社労士に就業規則の作成を依頼しています。しかし、次の点で注意が必要です。

社労士ができること

  • 就業規則の作成・変更・労働基準監督署への届出代行
  • 労務管理に関するアドバイス(勤怠管理・社会保険手続きなど)
  • 助成金申請の支援

社労士ができないこと

社労士は法律の専門家ですが「法的紛争の代理」はできません。
具体的には、以下のような場面では弁護士しか対応できません(アドバイス・同席対応も基本NGです)。

  • 従業員から「不当解雇だ」と訴えられた場合の労働審判や訴訟への対応
  • 労働組合から団体交渉を求められた場合の交渉代理
  • 退職した元従業員から未払い残業代を請求された場合の交渉・訴訟対応
  • 会社側として従業員に損害賠償を請求する場合

【ポイント】
社労士はトラブル対応を業務としていないので、「会社側」で対応する責任もありません。就業規則は作ったものの、実際のトラブルが発生したとき、就業規則の内容が法的に有効かどうかを判断し、相手方と交渉・対峙できるのは弁護士だけです。
日常的な人事労務回りを見ている社労士との連携はとても重要ですが、弁護士であれば備えているトラブル防止や発生時に就業規則を活かすという視点を期待することはできないということです。

3.弁護士が勧める就業規則整備のタイミング

「何人になったら作ればいい」という発想を、まず変えることをお勧めします。弁護士として見た場合、以下のタイミングが就業規則整備の実質的な「限界線」です。

① 最初の正社員を雇用するとき(推奨)

1人目の正社員を雇用した時点から、会社と従業員の間には労働契約が生まれます。就業規則がなければ、労働条件は雇用契約書のみで決まりますが、それだけでは想定外のトラブルには対処しきれません。現在の労働法令において、会社として定めておくべき事項は多岐に渡り、それらは就業規則にまとめるのが最も適切ですし、従業員の採用段階で整備するのが最もコストが低く、リスクも小さくなります。なお、それなりにリテラシーのある従業員は、就業規則は「あって当然」だと理解しています。

② 初めてパート・アルバイトを雇うとき

正社員とパートの労働条件の差(手当の有無・賞与・退職金など)は、パートタイム・有期雇用労働法第8条(不合理な待遇の禁止)・第9条(差別的取扱いの禁止)によって「不合理な差別」にならないよう定める必要があります。この「同一労働同一賃金」の観点から、正社員とパートの就業規則を整合的に整備しておくことが重要です。

③ 従業員が辞める・問題行動を起こしたとき(もう遅いが、今すぐ動くべき)

残念ながら、就業規則の整備を弁護士に相談してくる多くの企業が、このタイミングです。問題が起きてから整備しても、その事案には間に合いません。しかし、次の問題への備えとして今すぐ着手することには大きな意味があります。

当事務所では、進行中のトラブル対応と並行して就業規則の見直しを行うことも可能です。

④ 事業が拡大・多角化するとき

新しい雇用形態(業務委託・テレワーク・副業許可など)を導入する際は、既存の就業規則が対応できていないことが多くあります。具体的には、次のような場面で就業規則の整備・見直しが必要になります。

【取引先・金融機関からの信用確保】

事業が拡大し、大手企業との取引や銀行融資・補助金申請の場面が増えると、相手方から「就業規則を見せてほしい」と求められるケースがあります。特に大手企業のコンプライアンス審査やサプライチェーン管理の一環として、取引先の労務管理状況を確認する動きは近年強まっています。整備された就業規則がなければ、それだけで取引の障壁になることがあります。

【助成金申請時の就業規則要件】

雇用関係の助成金(キャリアアップ助成金・両立支援等助成金・人材確保等支援助成金など)を申請する際、就業規則の提出が審査要件となっているものが多くあります。たとえば、キャリアアップ助成金(正社員化コース)では、正規雇用への転換規定が就業規則に明記されていることが支給要件の一つです。規定がない状態で申請しても不支給となるほか、事後的に規定を追加しても遡及適用は認められません。

助成金の申請を検討する段階で就業規則の整備が間に合っていないケースは珍しくありません。顧問弁護士に早期に相談することで、助成金の受給要件を踏まえた規定の整備を計画的に進めることができます。

【新拠点・子会社設立、M&Aによる統合時】

本社とは別の事業場を設けた場合、就業規則の適用範囲や届出単位(事業場単位)を整理し直す必要があります(労働基準法第89条は「事業場ごと」の作成・届出を求めています)。また、M&Aによって他社を買収・統合する際には、双方の就業規則を統一・調整する作業が不可欠であり、対応が遅れると統合後の労務トラブルの温床となります。

【テレワーク・副業・フレックスタイム制など新しい働き方の導入時】

フレックスタイム制を採用するには、就業規則への明記と労使協定の締結が法律上の要件となっています(労働基準法第32条の3)。副業・兼業を許可する場合も、競業避止・情報漏洩・労働時間管理のルールを就業規則に定めておかなければ、後日トラブルが生じたときに会社側が対処できなくなります。

事業の節目は、就業規則全体を棚卸しする絶好の機会です。「拡大してから整備する」では手遅れになるケースも多く、成長フェーズに入る前に弁護士と連携して整備を進めておくことを強くお勧めします。

⑤ 法改正があったとき

労働関連法は頻繁に改正されます。就業規則は作成時点の法令に合わせて作られているため、法改正後も放置していると、いつのまにか法令違反の状態になっているリスクがあります。

近年だけでも、パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法・中小企業への義務化は2022年4月)、同一労働同一賃金(パート・有期雇用労働法・中小企業適用は2021年4月)、育児介護休業法の段階的改正(2022年〜2025年)、フリーランス保護新法(2024年11月施行)など、就業規則に直接影響する改正が相次いでいます。

また、就業規則の内容が法令に反する場合、その部分は無効となり(労働基準法第92条第1項)、法令の定める基準が自動的に適用されます。「古い規定のまま運用していた」という言い訳は通りません。法改正のタイミングは、就業規則全体を棚卸しする好機です。顧問弁護士がいれば、改正情報のキャッチアップから就業規則への反映まで、速やかにサポートすることができます。

⑥ 優秀な人材の登用を積極的に進めたいとき

就業規則は「問題が起きたときに使うもの」というイメージがありますが、優秀な人材の採用・定着においても重要な役割を果たします。

法的に整備された就業規則は、採用候補者や転職希望者に対して「この会社はきちんとしている」という信頼感を与えます。特に昨今は、入社前に就業規則の開示を求める候補者も増えており、内容が不十分だと優秀な人材に敬遠されることがあります。

また、管理職・専門職・外国籍人材など多様な人材を登用する場面では、職種別・雇用形態別の労働条件を就業規則で明確に規定しておく必要があります。たとえば、高度専門職に対して裁量労働制(労働基準法第38条の3・第38条の4)や高度プロフェッショナル制度(同法第41条の2)を適用する場合、その旨を就業規則に明記することが法律上の要件となっています。規定がなければ、これらの制度を適法に運用することはできません。

「人を大切にする会社」であることを就業規則で示すことは、採用力の強化にもつながります。整備が整った就業規則は、定着率の向上やエンゲージメントの改善にも寄与し、結果として会社の競争力を高める経営基盤となります。

4.弁護士が作る就業規則と、そうでない就業規則の違い

インターネット上には就業規則のひな型が多数公開されています。また、社労士が作成した就業規則が「形式的には整っているが、実際のトラブルに使えない」ケースも見受けられます。弁護士が就業規則の作成・チェックに関わる場合、以下の観点が加わります。

□ 解雇処分・懲戒処分を有効に行うことができるか

□ 就業規則の内容が実際の運用と乖離していないか(例えば、残業の事前申請ルールなど、定めただけで運用していない条項が、そのままになっていないか)

□ 問題社員対応・休職・復職のフローが実務的に運用できるか(複雑になり過ぎていないか、薄すぎないか)

□ 労働審判や訴訟になった場合に証拠として出せる形式か(データだけしかない、日付がないといった形式の不備がないか)

□ 最新の法改正(パワハラ防止法・同一労働同一賃金・フリーランス保護法等)に対応しているか

ひな型の流用や古い就業規則の使い回しは、「存在しないよりマシ」という程度であり、実際のトラブル時には十分に機能しないことがあります。

5.顧問弁護士を活用することのメリット

就業規則の整備は一度やれば終わりではありません。法改正のたびに内容を更新する必要があり、実際に採用・解雇・休職などの場面ごとに規定を参照しながら運用していく継続的なプロセスです。

顧問弁護士を契約することで、次のようなサポートを継続的に受けることができます。

① 就業規則の作成・定期的な法改正対応レビュー

②採用・解雇・懲戒処分ごとの事前相談と手順の説明→懲戒処分通知書の作成と併せて就業規則をチェック

③問題社員への対応方針の策定と、実際のトラブル発生時の交渉・代理(同席も可)

④早期の相談で、労働審判・団体交渉・あっせん手続に的確に対応

⑤社労士と弁護士が連携することで、予防から紛争解決まで一気通貫でサポート

当事務所では、福岡・天神を中心に、中小企業・スタートアップの使用者側の労務対応を数多く手がけてきました。連携している社労士事務所もあり、「就業規則を見直したいが何から始めればいいか分からない」「今まさにトラブルが起きていて困っている」どちらのご相談にも対応しています。

まとめ

法人でも個人事業でも、人を雇用している以上は、就業規則が存在しないとか、十分な内容でない場合には、問題社員へ対応や残業代トラブルなど、様々な労務トラブルにおいて、会社が不利になる可能性があります。
紛争が起きたときのことを考えると、弁護士に就業規則をレビューしてもらうことがベターです。
整備の理想的なタイミングは「最初の正社員採用時」ですが、まだ早いということはありません。

優良な使用者、ホワイトな職場、トラブルの予防を目指すなら、弁護士に就業規則の整備を相談しましょう。

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2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。

※日本全国からのご相談に対応しております。

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