はじめに
職場でうつ病や適応障害などのメンタル不調を抱える従業員への対応は、多くの企業が抱える深刻な経営課題の一つです。「欠勤が続いていて業務に支障が出ている」「どこまで配慮すれば十分なのか分からない」「このまま解雇できるのか」といったご相談は非常に多く寄せられます。
メンタル不調の従業員対応は、能力不足や問題行動への対応とは異なる配慮が随所に求められます。法的なリスクを正しく理解した上で、段階的・適切なプロセスを踏むことが、会社を守ることにもつながります。
メンタル不調の従業員を直ちに解雇できない理由
メンタル不調の従業員を直ちに解雇することが許されない理由は、法律上・実務上の複数の観点から説明できます。
① 労働基準法19条による解雇制限
業務上の傷病による療養のための休業期間中と、その後30日間は解雇が法律上禁止されています(労基法19条1項)。職場のストレスや長時間労働が原因で精神障害を発症したと労災認定された場合には、この解雇制限が適用されます。
→ 労災との関係については「労災被害にあった従業員に対する解雇」もご参照ください。
② 解雇権濫用法理の壁
たとえ業務外の私傷病(私的な原因によるメンタル不調)であっても、解雇には「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要です(労契法16条)。メンタル不調という事情だけでこれらを充足することは容易ではありません。
③ 最高裁判例が示す「他の対応を尽くすべき義務」
日本ヒューレット・パッカード事件(最判平成24年4月27日)において最高裁は、精神的な不調のために欠勤を続けている従業員に対しては、精神科医による健康診断を実施し、診断結果に応じて必要であれば治療を勧めた上で休職等の処分を検討し、その後の経過を見るなどの対応をとるべきと判示しました。このような対応をとらずに直ちに懲戒処分(諭旨退職)としたことを、精神的な不調を抱える労働者への対応として不適切とし、実質的に解雇を無効としています。
④ 安全配慮義務・合理的配慮義務
使用者は従業員のメンタルヘルスを把握した時点から、メンタル不調を悪化させないよう安全配慮義務を負います。また障害者雇用促進法上、メンタル不調により就労に支障が生じている従業員に対しては、合理的な配慮を行う責務があります。
私傷病によるメンタル不調と業務起因のメンタル不調の違い
メンタル不調への対応を考える上で、まず「その不調が業務上の原因によるものか、業務外の私傷病か」を判断することが極めて重要です。この区別によって、適用される法律・取り得る対応・解雇のリスクが大きく異なります。
業務起因のメンタル不調(業務災害)
長時間労働・ハラスメント・過重なプレッシャーなど業務における強い心理的負荷が原因で精神障害を発症した場合は、労災保険の対象となります。この場合、療養のための休業期間中およびその後30日間は解雇が法律上禁止されます(労基法19条)。万一、業務起因性があるにもかかわらずそれを見落として解雇した場合には、解雇無効に加えて損害賠償責任を問われるリスクがあります。
私傷病によるメンタル不調
業務とは明確に切り離せる個人的な事情(私生活上のストレス、体質・素因など)が原因と考えられ、「業務起因性」が認められないメンタル不調は、私傷病として扱われます。私傷病においては労基法19条の解雇制限は原則として適用されません。ただし、メンタル不調の原因が「ストレス」である場合、それが業務によるものなのか、それとも私生活によるものなのか、という区別は困難な場合が多く、「明確に業務外」と断言できないケースも少なくありません。
判断が難しいグレーゾーン
統合失調症などの精神疾患については、ストレスが疾病の一因とも考えられているため、入社前からり患していたようなケースであればともかく、入社後に発症したようなケースでは、明確に業務起因性が認められないとしても、これがないと言い切ることも困難なことは多く、労基法19条違反のリスクが生じる場合があります。
→ 詳しくは「統合失調症を患っている社員の解雇」をご参照ください。
実務上は、入社後のハラスメント防止措置が適切に講じられているか、法令上の長時間労働の制限を守っているかを常に確認し、仮に従業員にメンタル不調が発生しても「業務外の傷病」と言い得る状況を整えておくことが重要です。
まず休職制度の適用可否を確認すべき理由
メンタル不調の従業員への対応として、会社がまず確認すべきは「休職制度を適用できるか」という点です。
休職制度とは
休職制度は法律上の義務ではなく、多くの企業が就業規則に設けている制度です。一定期間、雇用関係を維持しながら出勤を免除し、治療・療養に専念させることを目的としています。就業規則に「業務外の傷病による欠勤が〇か月を超え、なお療養を継続する必要があるため勤務できないとき」などと定められているのが一般的です。
休職制度がある場合に適用しないリスク
就業規則に休職制度が定められているにもかかわらず、それを適用せずに解雇した場合、解雇権濫用として無効となる可能性が非常に高いとされています。前述の日本ヒューレット・パッカード事件はまさにこのパターンです。裁判所は、休職制度を設けているという事実がある場合には、その制度を使うべきケースで使わなかった会社に対し、厳しい評価をしていることを理解しておく必要があります。
休職制度が解雇回避努力の証拠になる
使用者が私傷病の従業員を休職とすることは、解雇回避の努力をしたとして評価されます。休職期間満了後に復職ができない場合の退職や解雇が有効とされるためにも、休職制度の適用が前提として必要とされる場合があります。
就業規則上の「自然退職」条項
就業規則で「休職期間が満了してもなお傷病が治癒せず就業が困難な場合は、休職期間の満了をもって退職とする」と定めているケースがあります。これは実質的に解雇と同等の扱いをされます。また、休職命令の発令自体が解雇予告と同視される場合があるという観点から、休職期間は30日以上とする必要があります。なお、就業規則上「退職」と定められている場合は解雇予告も解雇権濫用法理の適用もありませんが、「解雇」と定められている場合は解雇予告が原則として必要です。
主治医の診断書だけで判断してよいか
「主治医が復職可能と書いた診断書を持ってきたが、本当に復職させてよいのか」という相談は非常に多く、実務上の大きな悩みどころです。
主治医診断書の限界
主治医は従前から治療に携わってきた専門医であり、その診断書が尊重されるべきであることは当然です。しかし、主治医が当該従業員の職務内容や職場環境を十分に把握していないことが多く、また復職できるかどうかを迷う場面でも、従業員や家族の意向に応じて復職可能との診断書を作成する傾向があることも否定できません。
したがって、主治医の診断書だけで復職の可否を最終判断することは適切ではなく、それだけを根拠に復職を認めることも、拒否することも、いずれもリスクを伴います。
主治医に対して情報提供すべき内容
主治医が職場環境・業務内容を把握した上で判断できるよう、会社側から主治医に対して、従業員の具体的な業務内容・職責・勤務形態・職場環境などの情報を書面で提供することが実務上推奨されます。これにより診断の精度が上がります。
診断書を受け取った後の確認事項
主治医の診断書が「復職可能」とする場合でも、「どのような業務ならできるか」「どのような配慮が必要か」「フルタイム勤務が可能か」など、具体的な就労可能性の内容を確認することが重要です。
産業医面談や意見聴取をどう位置付けるか
主治医の診断書を補完・検証するものとして、産業医の関与が実務上非常に重要な位置を占めます。
産業医の役割
産業医は、従業員の健康状態を職場環境・業務内容と照らし合わせて評価できる立場にあります。主治医が「治療の専門家」であるのに対し、産業医は「就労との関係で健康状態を評価する専門家」といえます。
主治医と産業医の判断が分かれた場合
復職可否について主治医と産業医の判断が分かれることは実務上頻繁に起こります。この場合、一般に産業医の意見を重視した上で判断を行うことが適切とされています。ただし、就業規則に「産業医の意見を踏まえて会社が判断する」旨を明記しておくことが重要で、この規定がないと産業医の意見を優先することへの根拠が弱くなります。
産業医面談の実施記録
産業医面談の内容・結果は書面で記録し保存します。これは、会社が適切なプロセスを踏んだことを示す重要な証拠になります。
受診命令の根拠整備
休職事由の有無を確認するために専門医への受診が必要と判断されるケースでは、まず受診を勧め、応じない場合に受診命令ができるよう、その旨を就業規則に明記しておくことが重要です。就業規則の根拠なしに受診を強制することは、それ自体が問題になる場合があります。
復職判断で会社が確認すべき事項
休職期間満了前に従業員から復職の申し出があった場合、あるいは休職期間満了が近づいた場合に、会社が復職を不可と判断したときは、その後の期間満了により従業員を自然退職と扱う可能性が高まるため、会社は慎重に復職の可否を判断する必要があります。
「治癒」の判断基準:従前の職務か、他の軽易な職務か
復職可否の判断において最初に問題となるのは、「何ができれば復職を認めるべきか」という基準ですが、原則は、「従前の職務を通常に行うことができる程度に回復しているか」です。
ただし、裁判例では、「他の軽易な業務であれば従事でき、当初は軽易な業務に就かせることで程なく従前の職務に戻れると予測できる場合」には、他の軽易な業務を前提として復職を認めるべきとしたもの(独立行政法人N事件・東京地判平成16年)や、復職可能な勤務場所があり本人が復職の意思を表明しているにもかかわらず復職不可とした判断を誤りとしたもの(JR東海事件・大阪地判平成11年)もあります。
一方、総合職採用の場合は配置可能な他の職種を「総合職」の範囲内で探すべきとした判断(伊藤忠商事事件・東京地判平成25年)もあり、雇用契約上どのような職務が予定されていたかという観点が重要になります。
復職面談で確認すべき事項
復職面談では、現在の体調・症状の状況、通院・服薬の状況と見通し、職場復帰後に希望する業務・配置、フルタイム勤務への対応可否、復職後に必要な配慮事項などを確認します。これらを主治医の診断書を裏付けとして求めるとともに、適宜、産業医面談を実施することによって業務に適応できるか否かを専門家の目線で判断してもらい、書面で記録しておくことが後の判断の根拠になります。
段階的復帰(試し出勤)の活用
いきなりフル復帰ではなく、短時間勤務・限定業務からスタートする段階的な復帰プログラムを就業規則等に定めておくことで、復職後の再発リスクを軽減し、会社が合理的な配慮をした証拠にもなります。
欠勤、遅刻、業務遂行不能が続く場合の対応
メンタル不調の従業員が欠勤・遅刻を繰り返したり、業務を十分に遂行できない状態が続いている場合、会社はどう対応すべきでしょうか。
まず状況の把握・面談を行う
欠勤・遅刻が続く場合、まず原因を確認する面談を行います。この際、叱責や詰問ではなく、体調・状況の確認という姿勢で臨みます。精神的な不調が疑われる場合には、無断欠勤・怠慢として即断するのではなく、メンタル不調の可能性を念頭に置いて対応することが求められます。
受診の促し
精神的な不調が疑われる場合には、専門医(精神科・心療内科)への受診を促します。受診命令を発令する場合はその根拠が就業規則にあることを確認します。
合理的な配慮の実施
メンタル不調による業務遂行困難がある場合、会社は合理的な配慮として、出退勤時刻の調整、業務量の調整、休憩場所の確保、在宅勤務の検討などを行う責務があります(障害者雇用促進法)。
無断欠勤への対応の注意点
精神的な不調が原因と疑われる欠勤を「正当な理由なき無断欠勤」として即座に懲戒処分とすることは、日本ヒューレット・パッカード事件の判例から見ても極めてリスクが高いです。欠勤の背景にある事情を確認せずに懲戒処分に踏み切ることは避けなければなりません。
能力不足との関係
メンタル不調による業務遂行困難が、能力不足の問題と外形上似て見えることがあります。純粋な能力不足への対応とメンタル不調への対応は異なります。
→ 能力不足の従業員への対応については「能力不足の従業員を解雇できるか」をご参照ください。
メンタル不調と問題行動が重なっている場合の整理
実務では、メンタル不調の従業員が同時に問題行動(無断欠勤・暴言・業務命令違反など)を起こしているケースがあります。この場合、メンタル不調と問題行動の関係を丁寧に整理することが不可欠です。
問題行動がメンタル不調に起因する可能性
暴言・暴力・無断欠勤・業務命令への不服従などの問題行動が、メンタル不調の症状として現れている可能性があります。この場合、問題行動のみに着目して懲戒処分を行うことは、後に安全配慮義務違反として問われるリスクがあります。
厚労省が公表している『労働者の心の健康の保持増進のための指針』(2015.11月改正)によると、使用者が負うべき「安全配慮義務」としては、メンタルヘルス不調を未然に防止するために使用者が講ずべき一時予防義務のみならず、メンタルヘルス不調を早期に発見し、適切な措置を取るべき二次予防、更にメンタルヘルス不調となった労働者の職場復帰支援等の三次予防まで必要とされているところ、問題行動発生の経緯において、長時間労働や配置転換・昇格などによるストレスの増加などがある場合には、従業員本人からの申告がないとしても、メンタル不調を疑い、業務軽減などにより心身の健康に配慮する義務があるというべき場合が認められます。
懲戒処分を行う際の注意
メンタル不調が疑われる状況で懲戒処分を行うことは、二次予防としての安全配慮義務に違反する対応とも思われることから、仮に懲戒処分を実施するにしても、①問題行動がメンタル不調の症状とは切り離せる独立した故意的な行為といえるかどうか、そのように言えるとして、②本人に対して適切な事実確認・弁明の機会を付与し、当該問題行動に対する懲戒として相当性を欠く処分となっていないかを慎重に検討する必要があります。
→ 始末書の取り扱いについては「始末書の提出を指示するときに注意すべきこと」を、弁明の機会の付与については「懲戒処分をするには弁明の機会の付与が必要か」をご参照ください。
記録の分離管理
懲戒処分を行うか否かを問わず、当該従業員のメンタル不調に関する記録(受診状況・面談内容・医師の意見など)と、問題行動に関する記録(日時・内容・指導の経緯など)とは、基本的には性質が異なるものとして、混同することなく、客観的な記録も含めて証跡を残しておく必要があります。
解雇(自然退職)が有効か無効かのメルクマール
メンタル不調を抱える従業員の解雇(自然退職)が裁判で争われた場合、どのような事情が解雇有効の判断に結びつくか、あるいは解雇無効という判断に結びつくかを整理します。但し、あくまで個別具体的な事例によって結論が変わることに注意が必要です。
解雇有効に結びつく事情
・休職制度を適用して十分な療養期間を与えたが、休職期間満了時点で復職できる状態にないと医学的に判断されたこと
・配置可能な他の業務・職種を検討したがいずれも就労が困難と判断されたこと
・主治医だけでなく産業医の意見を踏まえて判断したこと
・就業規則の定めに従い手続きが適正に行われたこと
解雇無効に結びつく事情
・休職制度があるにもかかわらず適用しなかったこと
・精神科医等の専門家の診断・意見を取得したこと(日本ヒューレット・パッカード事件)
・業務起因性の可能性がある(労基法19条違反のリスクがある)のに合理的な配慮・業務調整を一切行わなかったこと
・復職面談・産業医面談等の適切な手続きを経ていないこと
・欠勤が続いていることの背景事情を確認せず、本人と面談せずに懲戒解雇したこと
安全配慮義務違反を主張されないための実務上の留意点
メンタル不調の従業員対応において、会社が後に「安全配慮義務違反」を主張されないためには、平時からの体制整備と、有事における適切な記録が不可欠です。
採用時の情報収集
採用面接時にメンタルヘルスの既往歴について確認したい場合は、「要配慮個人情報」であることから、利用目的(労務提供が可能な健康状態かどうかの確認)を明示し、採用関係者に限定して情報を共有することを伝えた上で、本人同意の下で情報を取得することが必要です。
入社後の職場環境整備
ハラスメント防止措置が確実に機能しているか、法令上の長時間労働の制限を遵守しているか、ストレスチェックを適切に実施しているかを定期的に確認します。これらを整備することで、万一従業員がメンタル不調になっても「業務外の傷病」と言える環境を維持できます。
メンタル不調を把握した後の対応記録
不調を把握した日時・把握の経緯、面談の日時・内容・本人の反応、受診勧奨や受診命令の記録、産業医面談の日時・意見内容、実施した配慮措置の内容と効果確認——これらをすべて書面で記録し保存することが、後の紛争時に会社を守る証拠になります。
通常の指導も控える配慮が必要な場面
メンタル不調を訴える従業員に対しては、通常であればハラスメントとはならない程度の業務上の注意指導であっても、上司・同僚に対して控えるよう配慮を求めることが場合によって求められます。本来的に求められる業務ではない、より軽易な作業に転換することなども、合理的配慮として検討します。
業務上の理由ではないメンタル不調と解雇に関する会社の対応まとめ
業務外の原因によるメンタル不調(私傷病)の場合であっても、使用者がその状況を把握した時点から、安全配慮義務に基づきメンタル不調を悪化させないよう注意する義務が認められます。
メンタル不調が従業員の労働能力に影響を与えていない場合(不調はあるが業務はこなせている状態)には、解雇はもちろん、いかなる不利益な取扱いも許されません。
一方、遅刻・欠勤が続く、作業能率が明らかに低下するなど労働能力への影響がある場合には、雇用契約上の労務提供義務が十分に履行されていないと言える状況です。しかしその原因がメンタル不調にある場合には、前述のとおり、合理的な配慮義務が先に求められます。
最終手段としての解雇を検討するにあたっては、精神科医による健康診断の実施、休職等の処分の検討と経過観察、退職勧奨の試みといった段階を踏んだことが問われます。これらを尽くした上で、なお就労が困難と判断されて初めて、解雇の正当性が認められる場面が出てきます。
メンタル不調の従業員対応は、早い段階で使用者側の労務問題に精通した弁護士に相談することが最も重要です。対応が後手に回るほど、取り得る選択肢が狭まり、法的リスクが高まります。
福岡で使用者側の労働問題に強い弁護士
問題社員対応・メンタル不調の従業員への対応に関するご相談は、実績のある弁護士にお任せください。
「労働問題に強い弁護士」に相談するのはもちろん、普段から就業規則など自社の労務環境の整備を行っておくために、使用者側の労働問題に強い弁護士にすぐに相談できる体制を整えておきましょう。
顧問弁護士に関する具体的な役割や必要性・費用については、以下をご参照ください。
【地下鉄天神駅直結】メールや電話でのご相談でも、迅速に対応いたします。
2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。
※日本全国からのご相談に対応しております。







