事案の概要
複数の店舗を運営する小売業A社において、店長職にある男性正社員Bが、女性パートタイム従業員に対してセクシュアルハラスメント的な発言を繰り返しているとの苦情が複数名から経営陣に寄せられました。
A社経営陣は事実確認のため、複数の女性パートタイム従業員を対象としたヒアリングを実施したところ、セクハラ的な発言のほか、特定の従業員を差別するような人格攻撃的な言動があったとの申告を受けました。これを受けて経営陣はBに対して注意指導を行いました。
しかしBは、ヒアリングを受けた一部の従業員から、ヒヤリング時の経営陣の発言内容を詳細に報告を受けており、その中に自分を加害者と断定する発言があったなどと主張し、更にセクハラの事実を全面的に否定しました。経営陣の注意指導にもかかわらず反省する様子はなく、かえって自分が名誉棄損を受けたと主張して反発を続けました。
この時点でA社には顧問弁護士はおらず、経営陣が厳重注意を行おうとした矢先、Bは適応障害を訴えて欠勤を開始し、休職とするよう求めてきました。
就業規則の状況と休職をめぐる紛争
A社の就業規則には、休職に関して以下の規定がありました。
- 1号 業務外の傷病により90日を超えて欠勤したとき(傷病休職) 休職期間:2年間
- 4号 その他従業員の申出があり、会社が特に必要と認めたとき(特別休職) 休職期間:会社が指定した期間
Bは欠勤開始から30日程度の時点でA社宛てに文書を送付し、1号の傷病休職を主張するとともに、休職期間を一方的に6か月と指定してきました。さらにBは、過去2年にわたり休憩時間を取らせてもらえなかったなどと主張し、未払残業代が支払われていないと労働基準監督署への申告を行い、また経営陣に対して名誉棄損の被害申告を警察に行うと通告するなど、A社経営陣への攻撃を続けました。
A社はBの申出を受け入れて休職自体は認めましたが、連日のようにBからのメールへの対応や各機関への対応に追われ、当事務所に相談するに至りました。
当事務所の対応
当事務所はBへの対応の一切を受任し、まず以下の内容を盛り込んだ文書をBに発出しました。
- 調査結果に基づき、Bのセクシュアルハラスメントの事実は認定できると考える
- 自らセクハラを認めず反省の意思がない以上、復職したとしてもBが出勤することは認めない
- 休職期間満了後の復職は、出勤を伴わない業務遂行を行う意思がある場合にのみ認める
- 現時点でセクハラを認めない場合、上記に承諾するかどうかの回答を求める
- 休職期間は、就業規則4号の特別休職として会社が指定した期間とし、本件では傷病名に照らし、欠勤開始から6か月間とする
その後、代理人として関係各機関には丁寧に説明をして、あくまでBとのやり取りにおいて解決を図ることを伝えました。さらに、B自身は代理人を立てることなく、反論文書を繰り返し送ってきました。文書の内容・分量から、生成AIを利用して起案していると推察されるものであり、膨大な資料の開示請求も含まれていましたが、いずれも強制力を欠く請求であったため、ほとんど実質的な対応を要しないものでした。一方で、Bの主張に対しては、当事務所はA社代理人として、その都度必要な範囲で再反論を送付しました。
この対応において特に注意を払ったのは、A社のスタンスが「自然退職扱いありき」に見えないようにするという点です。復職の可能性を一方的に否定する姿勢をとると、後日、自然退職が無効と判断されるリスクが生じます。Bが会社の方針を理解して合理的な選択を行えば復職の余地があることを、客観的に認識しやすい形で繰り返し通知しました。
この点は、単にそのようなフリをするということではなく、経営陣には本当に復職する可能性を受け入れてもらう必要があり、そのように覚悟を決めてもらった上での対応となりました。
また、復職可否を確認するためのオンライン面談をA社経営陣同席のもとで実施し、席上、復職後にA社の指示に従うかどうかを確認しました。Bは「従わない」と回答し、出勤を伴わない業務に従事する意思もないことが明確となりました。
出勤によるハラスメント再発のおそれが認められ、かつBが会社の提示した復職条件を自ら拒否したという事実が積み重なった結果、休職期間満了をもってBを自然退職扱いとしました。
本件のポイント
① 休職制度の設計が対応の幅を決める
本件では、就業規則に「会社が期間を指定できる特別休職(4号)」の規定があったことが、対応の選択肢を広げました。Bは傷病休職(1号)を主張し、休職期間を2年間とすることを求めていましたが、4号を適用することで会社が指定した6か月間の休職期間とすることができました。就業規則の設計が、実際のトラブル対応において直接的な意味を持つことを示す事例です。
② 自然退職を有効にするための「プロセスの設計」
休職期間満了による自然退職は、就業規則に規定があれば常に有効というわけではありません。裁判例は、自然退職規定の適用にあたっても解雇権濫用法理の趣旨が及ぶと解しており、復職可能性の検討・軽易業務への配置の検討・プロセスの記録化が求められます。
本件では、①復職条件を書面で明示し、②オンライン面談による復職可否の確認を実施し、③Bが自ら復職条件を拒否したという事実を記録として残したうえで自然退職扱いとしました。「会社が一方的に復職を拒否した」のではなく、「Bが会社の合理的な条件を拒否した」という構造を作ることが、自然退職の有効性を支える根拠となります。
③ 攻撃的な言動への対応——毅然とした態度と記録化
Bは労基署申告・警察への申告・膨大な文書送付といった形で会社への攻撃を続けました。こうした対応に、経営陣が個別に対応しようとすると多大な時間と精神的負担を強いられます。弁護士が代理人として窓口となることで、会社側の対応コストを大幅に削減しつつ、法的に必要な範囲での適切な対応を維持することができました。
また、強制力のない資料開示請求に対して実質的な対応を要しないと判断できたのも、法的な見極めができる代理人が関与していたからです。過剰な対応をしないことも、対応方針の重要な一部です。
④ 顧問弁護士不在のリスク
本件でA社が特に苦労したのは、Bが攻撃的な言動を開始した当初に顧問弁護士がいなかったことです。経営陣は個別に対応を続けていた中で、幸いにも、後に致命的となるような判断をすることがないまま、弁護士に対応を引き継いでくれたのですが、仮に対応の仕方を誤ったり、証拠の保全が不十分であったりすれば、途中から引き継いだ弁護士としても、不利な状況の中で交渉をしていく形になりかねないところでした。顧問弁護士がいれば、ハラスメント調査の段階から法的に有効な調査手順・記録化の方法についてアドバイスを受けることができ、その後の対応がよりスムーズになっていたと考えられます。
解決の結果
休職期間満了をもって、Bは自然退職扱いとなりました。自然退職後もBからの文書送付が続きましたが、労働審判や提訴には至ることなく、事案は収束したと考えられます。
当事務所が関与した時点からは、A社経営陣が個別に対応する必要がなくなり、本業への集中が可能となりました。また本件を機にA社は顧問契約を締結し、就業規則の整備・ハラスメント対応手順の確立を進めることとなりました。
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2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。
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