労働条件の不利益変更——就業規則変更の合理性要件と退職金廃止・賃金カットの進め方を弁護士が解説

各種手当の廃止などの賃金の実質的な減額や退職金制度の変更・廃止——会社が経営上の理由でこうした変更を検討する場面は、決して珍しくありません。しかし、従業員にとって不利益となる労働条件の変更は、会社が一方的に行うことはできません。適切な手順を踏まなければ、変更が無効とされ、元の条件での支払いを求められるリスクがあります。

本コラムでは、労働条件の不利益変更の法的な仕組みと、会社側が取るべき手順・注意点を解説します。

1.労働条件の不利益変更——2つの方法と原則

労働条件を従業員に不利益な方向へ変更する方法は、大きく2つあります。

一つ目は、個別同意による変更です。従業員一人ひとりから同意を得て変更する方法で、同意がある限り原則として有効です。ただし、後述するように署名・捺印があれば足りるというわけではなく、「自由な意思に基づく同意」があったかどうかが厳格に判断されます。

二つ目は、就業規則の変更による方法です。従業員数が多い場合に現実的な手段ですが、変更に「合理性」がなければ有効とはなりません。労働契約法第10条は、就業規則の変更が従業員に対して拘束力を持つためには、変更後の就業規則を周知し、かつ変更が合理的であることを要件としています。

なお、就業規則の変更による場合、従業員の多数から同意を得ていることは合理性を裏付ける有力な事情にはなりますが、多数の同意だけで合理性が担保されるわけではありません。
みちのく銀行事件(最判平成12年9月7日)では、賃金の減額を内容とする就業規則の不利益変更に対して、従業員の約73%を組織する労働組合が同意していたにもかかわらず、その合理性が否定されています。多数決で不利益変更が正当化されるわけではないという点は、会社側として正確に理解しておく必要があります。

2.合理性の判断——変更の必要性と内容の相当性が核心

就業規則の変更による不利益変更が有効と認められるかどうかは、合理性の有無で決まります。

第四銀行事件(最判平成9年2月28日)が示した判断要素は、その後労働契約法第10条に整理され、現在は以下の5つの要素を総合考慮して判断されます。

  • 従業員が受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況
  • その他の就業規則の変更に係る事情

実務上、最も重要なのは「変更の必要性」と「内容の相当性」の2点です。

変更の必要性については、特に賃金・退職金といった重要な労働条件の変更には「高度の必要性」が求められます(大曲市農協事件・最判昭和63年2月16日、第四銀行事件)。「コスト削減のため」という程度では不十分であり、経営状況の悪化・会社存続のための不可避性など、変更をしなければならない切迫した事情が必要です。

内容の相当性については、変更の幅・代償措置の有無・経過措置の設定が問われます。みちのく銀行事件では、55歳以上の一部従業員のみが大幅な賃金減額という著しい不利益を受け、それを緩和する措置も設けられていなかったことが合理性否定の決め手になりました。特定の層にのみ大きな不利益が集中する変更は、内容の相当性を欠くとして無効とされるリスクが高くなります。

3.プロセスが合理性を支える——事前説明の重要性

合理性の判断において見落とされがちなのが、変更に至るプロセスです。変更の必要性・内容について、事前に従業員に対して丁寧に説明することは、合理性を基礎付ける重要な要素になります。

突然の変更通知は、それだけで従業員の反発を招き、後の争いの種になります。逆に、経営状況・変更の必要性・変更内容・代償措置について、説明会等の場で誠実に説明し、質疑に応じた記録を残しておくことは、変更の合理性を裏付ける資料になります。

特に退職金制度の廃止・大幅減額のような重大な変更では、事前説明の機会なしに手続を進めることは、後日の無効主張のリスクを高めます。「事前に説明し、理解を求める努力をしたか」という点が、裁判・労働審判で必ず問われます。

4.個別同意は「署名があれば足りる」わけではない

個別同意による変更の場合も、注意が必要です。山梨県民信用組合事件(最判平成28年2月19日)は、退職金の減額変更への同意について、次のように判示しました。

同意の有無の判断にあたっては、変更を受け入れる旨の行為(署名・捺印等)があるだけでなく、変更によって労働者にもたらされる不利益の内容・程度、当該行為がなされるに至った経緯、当該行為に先立つ情報提供・説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかどうかという観点からも判断されるとしました。

つまり、賃金・退職金の減額のような重大な不利益を伴う変更については、合意書への署名・捺印があっても、それだけでは同意の有効性は担保されません。「上司から言われたから署名した」「断れない雰囲気だった」という状況での署名は、自由な意思に基づく同意とは認められないリスクがあります。変更内容を十分に説明し、従業員が内容を理解したうえで同意したことを示す記録を残すことが不可欠です。

5.退職金制度の廃止・大幅減額——特に難しい変更

退職金は、賃金と並んで労働者にとって最も重要な労働条件の一つです。その廃止や大幅な減額は、不利益変更の中でも特に高度の必要性と内容の相当性が求められます。

実務上、退職金制度の廃止・大幅減額を検討する際は、以下のような代替・緩和措置を組み合わせることが、合理性を補強する観点から重要です。

A) 退職金を廃止する代わりに基本給・賞与を引き上げる(賃金への振り替え)
B)確定拠出年金(DC)や中退共への移行など、別の退職給付制度への切り替えを提案する
C)在職中の従業員に対しては経過措置として既得分の保護を設ける
D)変更の必要性・会社の経営状況を数値で示し、事前に説明する機会を設ける

なお、中小企業退職金共済制度(中退共)への加入を検討する場合や、加入している中退共を解約・変更する場合も、退職金に関わる変更として従業員への説明と同意の取得が必要です。中退共を途中解約すると、解約手当金が事業主に返還されずに従業員に直接支払われる仕組みになっているため、解約の影響について事前に十分確認することが必要です。

まとめ

① 労働条件の不利益変更は、個別同意または就業規則変更の2つの方法によるが、いずれも「自由な意思に基づく同意」または「合理性」が厳格に審査される。

② 就業規則変更による場合、合理性の核心は変更の必要性と内容の相当性。特に賃金・退職金の変更は高度の必要性が求められ、多数従業員の同意だけでは合理性は担保されない(みちのく銀行事件)。

③ 個別同意も署名・捺印があれば足りるわけではない。変更内容を十分に説明し、自由な意思に基づく同意であることを示す記録が必要(山梨県民信用組合事件)。

④ 事前の説明・質疑応答の記録は、後日争われた際に合理性を裏付ける重要な資料となる。突然の変更通知は反発と無効リスクを高める。

⑤ 退職金制度の廃止・大幅減額には代償措置・経過措置の設計が不可欠。特定の層にのみ大きな不利益が集中する変更は相当性を欠くとして無効になりやすい。

当事務所では、労働条件の変更に際した法的リスクの評価・変更手順の設計・従業員への説明方法のアドバイスから、変更が争われた場合の対応まで、使用者側の立場でサポートしています。

就業規則の整備については「就業規則を整備していない会社が直面するリスクと、弁護士が勧める整備のタイミング」を、団体交渉への対応については「団体交渉・ユニオン対応を会社側弁護士が解説」をあわせてご参照ください。

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2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。

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