「横領が発覚したので懲戒解雇し、退職金も一切支払わない」——就業規則にそう定めているからといって、この対応がそのまま認められるとは限りません。退職金の全額不支給が有効と認められる場面は、多くの裁判例が示す通り、実はかなり限定的です。
本コラムでは、懲戒解雇に伴う退職金の不支給・減額が有効と認められるための要件と、会社側が実務上注意すべきポイントを、代表的な裁判例に基づいて解説します。
1.退職金不支給をめぐる典型的な場面——横領行為が最多
懲戒解雇に伴う退職金の不支給・減額の相談で最も多いのは、横領行為です。飲食店など現金を取り扱う業務における現金の着服、経理上一定の権限を持つ従業員による経費の私的利用といった類型が大半を占めます。
こうした場面で会社側が最初に検討するのが、「懲戒解雇に加えて退職金も支払わない」という対応です。しかし、これが法的に有効と認められるかどうかは、別途厳格な判断が必要になります。
2.退職金の法的性格——「賃金の後払い」であることの重み
退職金の不支給・減額の有効性を判断するうえで出発点となるのが、退職金の法的性格です。裁判所は、退職金は賃金の後払い的性格と功労報償的性格を併せ持つものと位置づけています。特に、給与・勤続年数を基準として支給条件が明確に規定されている退職金制度では、賃金の後払いとしての性格が強いとされます(小田急電鉄事件・東京高判平成15年12月11日)。
賃金の後払いという性格が強調される理由は、従業員が退職金の受給を見込んで住宅ローンなどの生活設計を立てていることが多く、それが不合理な期待とはいえないためです。そのような期待を剥奪するには、相当の合理的理由が必要とされます。この考え方が、退職金の全額不支給を制限する法的根拠になっています。
3.全額不支給が有効となる基準——「永年の勤続の功を抹消する」レベルが必要
小田急電鉄事件をはじめとする裁判例が確立した基準は、次のようなものです。退職金の全額不支給が認められるのは、当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な背信行為があった場合に限られます。
特に、業務上の横領・背任のような会社に対する直接の背信行為ではなく、私生活上の非違行為(痴漢行為による刑事処分など)の場合は、より厳格な基準が適用されます。会社の名誉・信用を著しく害し、無視できないような現実的な損害を生じさせるなど、犯罪行為に匹敵するような強度の背信性が必要とされます。
この基準のもとで考慮される要素は、概ね以下の通りです。
① 労働者の行為それ自体が有する背信性の強弱
② 退職金の性格の中で功労報償的要素が占める度合い
③ 使用者が被った損害の大きさ・被害回復の容易性
④ 労働者のそれまでの勤続の功労の大小
⑤ 過去に同種の事案で退職金が不支給・減額とされた実績の有無
小田急電鉄事件では、勤続20年の従業員が電車内での痴漢行為を繰り返して懲戒解雇されたケースで、懲戒解雇自体は有効とされたものの、退職金の全額不支給は認められず、7割の減額(3割の支払い)にとどめられました。私生活上の非違行為であり、会社への直接の背信行為とまでは評価されなかったためです。
一方、機密情報の漏洩を理由とする懲戒解雇の事案(東京高裁・銀行の対外秘情報を出版社に漏洩したケース)では、情報の厳格管理が求められる業種の信用を著しく毀損する行為として、永年の勤続の功を跡形もなく消し去るものと判断され、全額不支給が認められています。同じ「懲戒解雇+退職金不支給」という組み合わせでも、非違行為の性質・会社への影響の大きさによって結論が大きく異なることがわかります。
4.退職金規程の条項があるだけでは足りない——適正手続きの重要性
「懲戒解雇の場合は退職金を支給しない」という条項が退職金規程にあることは、不支給・減額が有効となるための前提として必要です。しかし、それだけで自動的に有効となるわけではありません。
実務上重要になるのは、以下の2点です。
一つは、前述の比較衡量(非違行為の重大性と過去の功績・減額幅とのバランス)です。もう一つは、事実関係について従業員に弁明の機会を与えるなど、適正な手続きを踏んでいるかという観点です。規程の文言自体が合理的な内容になっていることも重要ですが、それ以上に、過去の同種事案において実際にその規程がどう適用されてきたか(適用実績の有無)が問われます。初めての適用であれば、その判断が場当たり的でないことを裏付ける資料が必要になります。
5.懲戒解雇自体が無効となった場合の退職金の扱い
懲戒解雇そのものが後日無効と判断された場合、退職金の不支給・減額の判断にも影響が及ぶ可能性が高くなります。懲戒解雇の効力を前提として退職金を不支給としていた以上、その前提が崩れれば不支給の判断も維持しにくくなるのが通常の流れです。
ただし、これは論理必然の関係ではありません。懲戒解雇が手続き上の瑕疵などを理由に無効とされた場合でも、退職金不支給の根拠となった非違行為の存在自体は認定されることがあり、その場合は退職金の減額が別途認められる余地があります。懲戒解雇の有効性と退職金不支給の有効性は、理論上は別個の判断であることを理解しておく必要があります。
6.全額不支給か一部減額か——実務上の判断
会社に生じた実損害がそれほど大きくない事案では、全額不支給が認められることはほとんどありません。裁判所は非違行為の重大性と損害の程度を厳格に見るため、多くの裁判例が減額にとどめる判断をしています。
仮に、全額不支給が許容される可能性のある重大な非違行為(会社の信用を著しく毀損する情報漏洩や、多額かつ悪質な横領など)であっても、実務上は提訴等のリスクを抑える観点から、あえて一部支給(減額にとどめる)という判断をすることが合理的な場合があります。全額不支給を主張して後日争われ、裁判所の判断で相当額の支払いを命じられるリスクを避け、あらかじめ一定額を支給することで紛争そのものを回避するという実務上の選択です。
まとめ
① 退職金は賃金の後払い的性格が強く、懲戒解雇に伴う全額不支給が認められる場面は限定的。「永年の勤続の功を抹消するほどの重大な背信行為」が必要。
② 私生活上の非違行為は、会社への直接の背信行為よりもさらに厳格な基準(犯罪行為に匹敵する強度の背信性)が求められる。
③ 退職金規程に不支給条項があるだけでは足りない。非違行為と減額幅の比較衡量、弁明の機会等の適正手続き、過去の適用実績が問われる。
④ 懲戒解雇が無効となれば退職金不支給も維持しにくくなるのが通常だが、論理必然ではなく、非違行為の認定次第では減額が別途認められる余地もある。
⑤ 実損害が小さい事案での全額不支給はほとんど認められない。重大な非違行為の事案でも、紛争リスクを避けるため減額にとどめる判断が合理的な場合がある。
退職金の不支給・減額は、就業規則・退職金規程の条項だけで判断できるものではなく、非違行為の内容・会社への影響・従業員のこれまでの功労を総合的に考慮した専門的な判断が必要です。当事務所では、懲戒解雇・退職金不支給の判断から、実際に争われた場合の対応まで、使用者側の立場で一貫してサポートしています。「懲戒解雇に踏み切る前に、退職金の扱いについて相談したい」という段階でのご相談が、最もリスクを抑えることにつながります。
懲戒処分における弁明の機会の重要性については「懲戒処分をするには弁明の機会の付与が必要か」を、労働審判を申し立てられた場合の対応については「労働審判を申し立てられた会社側の対応」をあわせてご参照ください。
2006年、福岡県弁護士会に弁護士登録。
企業法務(使用者側での労務問題、契約書チェック、コンプライアンス体制の整備)、交通事故での損害賠償請求、相続、離婚などの家事事件、企業の事業再生・債務整理その他一般民事、刑事事件等に取り組む。
企業内の研修やセミナー開催の実績多数。
法律事務所として弁護士の質とサービスレベルの高さを磨き、地域経済、地域社会に貢献することを事務所の理念とする。
※日本全国からのご相談に対応しております。





