隣の土地の所有者が亡くなり、相続人が誰もいない。あるいは相続人はいたが全員が相続放棄をしてしまった。そうした不動産が身近にあると、境界を確定したくても交渉相手がおらず、長年使ってきた土地の時効取得を主張しようにも主張する相手がいない、という行き詰まりが生じます。
こうした「相続人不存在の不動産」は、放置していても自然に解消することはありません。民法には、この状態を動かすための手続が用意されています。本記事では、相続財産清算人と所有者不明土地・建物管理人という二つの制度を軸に、隣地でお困りの方と、こうした不動産の購入を検討している事業者の方に向けて、実務の流れを整理します。
相続人不存在の不動産とは
法律上の「相続人不存在」
民法は、相続人のあることが明らかでないときは、相続財産は法人となると定めています(民法951条)。この「相続財産法人」は、亡くなった方の財産を一時的に受け止めるための、いわば器としての法人です。
相続人不存在にあたるのは、主に次の場合です。
- 配偶者・子・直系尊属・兄弟姉妹のいずれも存在しない(あるいは全員が既に死亡している)
- 戸籍上の相続人はいるが、その全員が相続放棄をした
- 相続人の全員が相続欠格・廃除により相続権を失っている
なお、戸籍を調査すれば相続人がいることは分かるが、その所在が不明であるという場合は、法律上の「相続人不存在」ではありません。この場合は不在者財産管理人(民法25条)や、後述する所有者不明土地管理人の検討になります。ここを取り違えると、申立て自体が空振りになります。
相続人全員が相続放棄した場合の注意点
相続放棄をした人は、放棄の時に相続財産に属する財産を「現に占有している」ときに限り、相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって保存する義務を負います(民法940条1項)。令和5年4月1日施行の改正で、義務を負う範囲が現に占有している場合に限定されました。
したがって、放棄した相続人が遠方に住んでいて建物を占有していないようなケースでは、隣地の方が放棄者に管理を求めても、法律上は応じる義務がないことになります。相手方の善意に期待する交渉ではなく、裁判所の手続に乗せる必要があるのは、このためです。
隣地が相続人不存在だと、何が困るのか
境界(筆界)を確定できない
土地を売却したい、建物を建て替えたいという場面では、隣地との境界確認が求められます。しかし相続人不存在の土地では、境界確認書に署名押印してくれる相手がいません。筆界確定訴訟を提起しようにも、被告となるべき者が存在しないという状態です。
なお、境界そのものの位置を公的に明らかにするだけであれば、法務局の筆界特定制度(不動産登記法123条以下)で足りる場合もあります。まずはこちらで解決できないかを検討し、それでも足りないとき(所有権の帰属まで争う必要がある、隣地の一部を取得したいなど)に、次に述べる管理人の選任へ進むのが実務的な順序です。
時効取得を主張する相手がいない
隣地の一部を長年にわたり自己の土地として占有してきた場合、取得時効(民法162条)による所有権の取得を主張できることがあります。しかし時効取得は、援用したうえで、所有権移転登記手続を求める相手方が必要です。
このとき被告となるのは相続財産法人ですが、法人を代表する者がいなければ訴訟は動きません。相続財産清算人が選任されて初めて、「亡○○相続財産」を被告として登記手続請求訴訟を提起できるようになります。
管理不全による実害
空き家の倒壊・屋根材の飛散、竹木の越境、ゴミの不法投棄、雑草・害虫の発生といった実害も、相続人不存在の不動産では珍しくありません。行政の空家等対策特別措置法に基づく措置を待つより、民事の管理人選任のほうが早く動くケースもあります。
解決策①:相続財産清算人の選任申立て(民法952条)
制度の概要
相続人のあることが明らかでないときは、家庭裁判所は、利害関係人または検察官の請求によって、相続財産の清算人を選任しなければなりません(民法952条1項)。令和5年4月1日施行の改正により、従来の「相続財産管理人」は「相続財産清算人」に名称が改められています(清算を目的としない保存型の管理人は、民法897条の2の相続財産管理人として別途整理されました)。
選任された相続財産清算人は、相続財産法人を代表して財産を管理・換価し、相続債権者や受遺者へ弁済したうえで、最終的に残った財産を国庫に帰属させます(民法959条)。
手続の流れと期間
改正により公告手続が並行処理できるようになり、期間が短縮されました。
- 家庭裁判所への選任申立て(被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所)
- 清算人選任と相続人捜索を兼ねた公告(6か月以上/民法952条2項)
- 相続債権者・受遺者に対する請求申出の公告(2か月以上/民法957条1項)。この公告は、上記2の期間内に満了させます
- 公告期間満了後3か月以内に、特別縁故者からの財産分与の申立てがあれば、その審理(民法958条の2)
- 残余財産の国庫帰属(民法959条)
改正前は最短でも約13か月を要していましたが、現在は最短で約10か月程度が目安です。もっとも、不動産の換価が必要な事案では、実際にはこれより長期化します。
誰が申し立てられるか
申立権者は「利害関係人または検察官」です(民法952条1項)。隣地所有者、被相続人に対する債権者、特別縁故者、賃借人などが典型例です。
一方で、単にその不動産を買いたいというだけの民間事業者は、原則として利害関係人にはあたらないと考えられています。相続財産清算人の制度は、あくまで相続財産全体の清算を目的とするものだからです。
費用の目安
申立手数料・官報公告費用のほか、清算人の報酬に充てるための予納金が必要になります。予納金は事案と裁判所によりますが、数十万円から100万円程度が一般的な目安です。不動産の換価が見込め、そこから報酬をまかなえる見通しが立つ場合には、予納金が低額で済むこともあります。
解決策②:所有者不明土地・建物管理制度(民法264条の2、264条の8)
特定の不動産だけを対象にできる制度
令和5年4月1日から、所有者不明土地管理制度・所有者不明建物管理制度が始まりました。
裁判所は、所有者を知ることができず、またはその所在を知ることができない土地について、必要があると認めるときは、利害関係人の請求により、その土地を対象として所有者不明土地管理人による管理を命ずることができます(民法264条の2第1項)。建物についても同様の規定があります(民法264条の8)。
従来の相続財産清算人や不在者財産管理人が「人単位」で財産全般を管理する制度であったのに対し、この制度は問題となっている土地・建物だけを切り出して管理できる点に大きな違いがあります。管理の対象が絞られるぶん、予納金や手続の負担も相対的に軽くなります。
売却には裁判所の許可が必要
管理命令が発令されると、対象不動産の管理処分権は所有者不明土地管理人に専属します(民法264条の3第1項)。管理人は、保存行為および性質を変えない範囲の利用・改良行為は単独でできますが、売却などの処分行為には裁判所の許可が必要です(民法264条の3第2項)。
裏を返せば、裁判所の許可が得られれば、所有者の同意がなくても対象不動産を第三者に売却できます。これが、相続人不存在の不動産の流通を可能にする実務上の要になります。
購入希望者は「利害関係人」になれるか
ここが実務上もっとも判断が分かれる点です。
購入希望というだけでは足りませんが、購入計画に具体性があり、その土地の利用について実質的な利害を有すると認められる場合には、利害関係人にあたり得ると解されています。たとえば、隣接地の所有者が自己の分譲地に編入するために買い取りたい、公共事業の実施者が用地として取得したい、といったケースです。
もっとも、利害関係人性が認められるか、認められたとして売却許可が下りるかは、個別事案ごとの裁判所の判断です。制度自体が施行から日が浅く、公表された先例も限られています。申立ての段階で、購入目的・計画の具体性・対象地の管理不全の程度をどう疎明するかが、結果を大きく左右します。
どちらの制度を使うか
| 相続財産清算人 (民法952条) |
所有者不明土地・建物管理人 (民法264条の2、264条の8) |
|
|---|---|---|
| 前提 | 相続人のあることが明らかでない | 所有者を知ることができない、または所在を知ることができない |
| 管理の対象 | 相続財産の全体 | 特定の土地・建物のみ |
| 管轄 | 家庭裁判所 | 地方裁判所 |
| 申立権者 | 利害関係人・検察官 | 利害関係人 |
| 購入希望者の申立て | 原則として困難 | 計画の具体性等により認められる余地あり |
| 財産の最終処理 | 清算のうえ国庫帰属 | 管理命令の取消しまで管理が継続 |
| 向いている場面 | 債権回収、特別縁故者による取得、相続財産全体の清算が必要な場合 | 対象不動産の境界確定・購入・管理不全の解消だけが目的の場合 |
隣地の境界確定や購入だけが目的であれば、所有者不明土地管理制度のほうが手続の負担は軽くなります。一方、被相続人に対する債権を回収したい、特別縁故者として財産分与を受けたいといった場合は、相続財産清算人の選任が必要です。
相続人不存在の不動産の購入を検討している事業者の方へ
相続財産清算人が既に選任されている案件では、清算人との売却交渉が可能です。清算人は相続債権者への弁済原資を確保する立場にあるため、換価に前向きな場合が多く、権利関係の複雑さや境界未確定といった事情を反映して、市場価格を下回る価格で取得できるケースもあります。
一方、まだ管理人が選任されていない不動産については、次の点を先に整理してください。
- 戸籍調査により、相続人不存在なのか、相続人の所在不明にとどまるのかを確定する
- 登記記録・公図・現況から、対象不動産の権利関係と管理不全の状況を把握する
- 購入計画の具体性(用途、資金、時期)を、申立書に書ける水準まで詰める
- 予納金を含めた総コストと、取得できた場合の見合いを試算する
申立ての適否と組み立て次第で、取得できるかどうか、また要する期間が大きく変わります。
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よくあるご質問
相続人がいるかどうかは、どうやって調べるのですか。
被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本を連続して取得し、法定相続人を確定します。隣地所有者などの利害関係人であれば、正当な理由を示して戸籍を請求できる場合がありますが、実務上は弁護士の職務上請求によることが一般的です。
予納金は返ってきますか。
不動産の売却などにより相続財産から管理人の報酬・費用をまかなえた場合には、残額が返還されます。財産が乏しく報酬に充当された場合は、返還されません。
相続人が全員相続放棄していれば、隣地は勝手に使ってよいのですか。
いいえ。所有権は相続財産法人に帰属しており、無権限の占有は不法占有となります。時効取得を主張するにも、相手方となる管理人・清算人の選任が必要です。
どのくらいの期間がかかりますか。
相続財産清算人の選任から国庫帰属までは、最短でも10か月程度です。所有者不明土地管理人による売却であれば、選任から売却許可までおおむね数か月程度が目安ですが、いずれも事案により変動します。
相続人不存在の不動産のご相談は本江法律事務所へ
本江法律事務所には、所有者不明不動産の問題に継続して取り組んでいる弁護士が在籍しています。
- 隣地が相続人不存在で、境界確定・売却が進まない
- 長年使ってきた隣地部分について時効取得を主張したい
- 相続人不存在の不動産を購入したい
- 空き家の管理不全により実害が生じている
こうしたご相談について、どの制度を使うべきか、申立てが認められる見込みがあるか、費用と期間はどの程度かを、初回のご相談で具体的にお示しします。福岡・京都いずれのオフィスでもご対応いたします。
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※本記事は2026年9月時点の法令に基づいて執筆しています。
2006年、福岡県弁護士会に弁護士登録。
企業法務(使用者側での労務問題、契約書チェック、コンプライアンス体制の整備)、交通事故での損害賠償請求、相続、離婚などの家事事件、企業の事業再生・債務整理その他一般民事、刑事事件等に取り組む。
企業内の研修やセミナー開催の実績多数。
法律事務所として弁護士の質とサービスレベルの高さを磨き、地域経済、地域社会に貢献することを事務所の理念とする。
※日本全国からのご相談に対応しております。





