育休・産休を取得した従業員が復職する場面では、休業前とは異なるトラブルが発生しやすくなります。取得そのものを拒む会社は今では少数派になった一方で、復職後の処遇をめぐる紛争や、マタハラ・パタハラの申告は依然として企業法務の現場で頻繁に相談を受けるテーマです。本稿では、使用者側弁護士の立場から、復職対応とマタハラ防止について実務上の注意点を解説します。
1.育休・産休をめぐる相談で実際に多い場面
相談として最も多いのは、取得そのものへの抵抗ではなく、復職後の処遇に対して従業員側から不満が出るケースです。1〜2年にわたって現場を離れると、その間に後任が育ち、元の業務に戻すこと自体が現実的でなくなっている場合が少なくありません。会社としては別の業務に配置せざるを得ない事情があっても、本人からすれば「休んだことへの報復」あるいは「戻る場所を奪われた」という受け止め方になり、強い反発を招きやすい構造があります。
この構図を理解せずに配置転換を進めると、後述するマタハラ紛争に発展しやすいため、まずは「なぜ元の業務に戻せないのか」を会社側が合理的に説明できる状態にしておくことが出発点になります。
2.育休・産休取得を理由とする不利益取扱いの禁止——法的な原則
育児・介護休業法10条および25条は、育児休業の申出・取得等を理由とする解雇その他不利益な取扱いを禁止しています。また、妊娠・出産に関連する事由については男女雇用機会均等法9条3項が同様の禁止規定を置いています。
この規定の解釈について重要な判断を示したのが、最高裁判所第一小法廷平成26年10月23日判決(労働判例1100号5頁、広島中央保健生協事件)です。同判決は、妊娠中の軽易業務への転換を契機とした降格について、原則として均等法9条3項が禁止する不利益取扱いに該当するとした上で、例外として、①労働者が当該措置により受ける有利な影響および不利な影響の内容や程度、労働者の意向等に照らして自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する場合、②業務上の必要性の内容や程度、労働者が受ける有利・不利な影響の内容や程度等に照らして、均等法の趣旨および目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在する場合、のいずれかに当たらない限り違法になる、という判断枠組みを示しました。
この判断枠組みは育休・産休後の処遇変更にもそのまま当てはまります。「業務上仕方がなかった」という会社側の一方的な説明だけでは足りず、本人の同意の取り方や、不利益の程度と業務上の必要性のバランスを客観的に説明できるかどうかが問われることになります。
3.賞与・昇給査定における「期間通算」の実務——多くの会社が見落とす落とし穴
復職後のトラブルとして、配置転換以上に見落とされがちなのが賞与・昇給の査定です。育休期間を勤続年数や査定期間に通算しない取扱いにより、実質的に昇給が据え置かれ、従業員側が不利益を訴えてくるケースが目立ちます。
この種のトラブルの根本原因は、多くの場合、制度設計の悪意ではなく、社内でルールが統一・共有されていないことにあります。人事担当者ごとに運用が異なっていたり、規程上の定めが曖昧なまま慣行で処理されていたりすると、同じ会社の中でも従業員によって扱いが変わり、それ自体が不利益取扱いの主張を招きます。育児・介護休業法10条は不利益取扱いを禁止していますが、賞与・昇給査定における不就労期間の扱いは、就業規則・賃金規程・賞与規程に明確な基準を定め、育休取得者以外の休職・欠勤との整合性も含めて社内で統一しておく必要があります。
4.復職後の配置転換・処遇変更は、どこまで許されるか
復職後の配置転換が適法かどうかは、会社の規模や実際の欠員状況によって結論が変わり得ます。従前の配転命令権に関する一般的な判断枠組みとしては、最高裁判所第二小法廷昭和61年7月14日判決(労働判例477号6頁、東亜ペイント事件)が、①業務上の必要性が存しない場合、②業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき、のいずれかに該当しない限り、配転命令は権利の濫用にはならないとしています。これに加えて、育休・産休を契機とする処遇変更については、前記の広島中央保健生協事件の枠組みも重なって適用されます。
実務上のポイントは、会社の規模によって「業務上の必要性」の説得力が変わってくることです。中小企業では、長期間ポストを空けたまま維持することが現実的でない場合が多く、復職者を明らかに不利にしない範囲であれば、他部署への配置転換も業務上の必要性として認められやすくなります。これに対して、一定規模以上の会社であるにもかかわらず、元のポストや同等のポストを確保する努力を尽くさずに配置転換を行った場合は、業務上の必要性の説明が弱くなり、違法と評価されるリスクが高まります。さらに、対象となった従業員がもともと「問題社員」というレッテルを社内で貼られていたようなケースでは、配置転換が育休取得への報復や排除の一環ではないかという疑いが生じやすく、違法性の印象が一気に強まる点にも注意が必要です。動機・目的の合理性を裏付ける資料(欠員の状況、後任配置の経緯、他の同種ポストの空き状況等)を、配置転換の意思決定時点から残しておくことが望ましいといえます。
5.2022年改正育児・介護休業法は中小企業の実務をどう変えたか
2022年10月1日には産後パパ育休(出生時育児休業)が創設され、育児休業の分割取得も可能になりました。また2023年4月1日には、育児休業取得状況の公表が義務化されましたが、当初の対象は従業員1,000人超の企業であり、2025年4月にようやく300人超の企業まで対象が拡大されています。
制度上はこのように段階的な改正が続いていますが、実務の現場、特に中小企業では、正直なところ現時点でもほとんど実務が変わっていないというのが実感に近いところです。一部の大企業では制度が周知され、産後パパ育休を利用する男性従業員が実際に現れ始めていますが、中小企業まで含めた全体としての普及にはまだ至っていません。公表義務の対象拡大が300人超にとどまっていることもあり、中小企業にとっては「取得を認めないと違法になる」という最低限のライン(育児・介護休業法上の権利であること自体)は変わらない一方で、制度の運用を積極的に見直す動機付けが働きにくい状況が続いています。ただし、対象拡大の流れ自体は今後も続く可能性が高く、規程が古いままの会社は、この機会に育児・介護休業規程を条文の変遷に合わせて点検しておくことをお勧めします。
6.マタハラ・パタハラ申告を受けた際に、まず何をすべきか
マタハラ・パタハラの申告を受けた場合、対応の基本は事実確認になりますが、それ以前の段階で会社側の備えができているかどうかが、その後の展開を大きく左右します。実務上は次の順序で確認することをお勧めしています。
①自社の育児・介護休業規程および賞与・昇給等の関連規程が、現行法(2022年改正・2023年改正を含む)に対応した内容になっているかを確認する。②申告のあった処遇変更や言動が、その規程に沿って行われていたのか、規程から外れた個別対応だったのかを整理する。③その上で、申告者・関係者からの事実確認(ヒアリング)を行い、規程違反の有無と、規程自体の妥当性(規程どおりでも実質的に不利益取扱いに当たらないか)の両面から評価する。
規程の見直しを飛ばしていきなり事実確認に入ってしまうと、規程が曖昧なために「会社のルールが分からないまま現場が個別対応していた」という実態が浮かび上がり、それ自体が会社側の落ち度として評価されかねません。均等法11条の3および育児・介護休業法25条は、事業主に対してハラスメント防止のための雇用管理上の措置を義務付けており、規程整備と周知はその措置の土台に当たります。申告対応の前提として、まず自社の規程が適切に整備・運用されていたかを確認する姿勢が重要です。
7.まとめ
育休・産休をめぐるトラブルは、取得の可否そのものよりも、復職後の処遇や配置転換の場面で発生しやすく、その適法性は会社の規模や業務上の必要性の説明力によって結論が変わります。賞与・昇給査定における期間通算の取扱いなど、社内ルールが統一されていないことが紛争の火種になっているケースも少なくありません。制度改正の動きは続いていますが、中小企業においては規程の点検と社内ルールの統一こそが、マタハラ紛争を未然に防ぐ最も現実的な対策といえます。育休・産休対応や社内規程の整備でお悩みの企業の方は、使用者側の労務問題に精通した弁護士へのご相談をご検討ください。
2006年、福岡県弁護士会に弁護士登録。
企業法務(使用者側での労務問題、契約書チェック、コンプライアンス体制の整備)、交通事故での損害賠償請求、相続、離婚などの家事事件、企業の事業再生・債務整理その他一般民事、刑事事件等に取り組む。
企業内の研修やセミナー開催の実績多数。
法律事務所として弁護士の質とサービスレベルの高さを磨き、地域経済、地域社会に貢献することを事務所の理念とする。
※日本全国からのご相談に対応しております。





