公益通報者保護法の改正法(公益通報者保護法の一部を改正する法律・令和7年法律第62号)が、2026年12月1日に施行されます。
今回の改正の要点をひとことで言えば、「通報者を不利益に取り扱ったこと」が、民事上の無効の問題から、刑事罰と立証責任転換の問題に変わったということです。これまでのように「通報とは無関係の処分だ」と主張すれば足りる場面は、事実上なくなります。
本記事では、経営者・人事労務のご担当者に向けて、改正の内容と、施行日までに社内で済ませておくべき対応を整理します。
1. 改正の全体像
スケジュール
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2025年6月4日 | 改正法成立 |
| 2025年6月11日 | 公布(令和7年法律第62号) |
| 2026年3月31日 | 改正版の法定指針を公表 |
| 2026年12月1日 | 施行 |
2022年6月に施行された前回改正で、内部公益通報対応体制の整備義務と従事者指定義務が導入されました。今回の改正は、その義務の実効性を強化することに主眼があります。
改正の4本柱
| 柱 | 概要 |
|---|---|
| ① 体制整備の徹底 | 内部通報窓口の周知義務を法律上明示。従事者指定義務違反に対する是正命令を新設 |
| ② 通報者の範囲拡大 | フリーランス(特定受託業務従事者)を保護対象に追加 |
| ③ 通報阻害要因への対処 | 通報を妨げる行為の禁止(妨害に係る法律行為は無効)、通報者を探索する行為の禁止 |
| ④ 不利益取扱いへの罰則 | 通報を理由とする解雇・懲戒に刑事罰(直罰)を新設、推定規定を新設 |
以下、実務への影響が大きい順に見ていきます。
2. 解雇・懲戒への直罰化と推定規定
刑事罰(直罰規定)の新設
公益通報をしたことを理由とする解雇・懲戒に対して、行為者個人に6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されます。法人に対しては両罰規定が置かれ、3,000万円以下の罰金の対象となります。
従来、不利益取扱いの禁止には直接の罰則がなく、解雇の無効や損害賠償といった民事的な救済にとどまっていました。刑事罰が入ることで、構造そのものが変わります。人事部長や役員個人が被疑者になり得る、ということです。
推定規定の新設(改正法3条3項)
改正法3条3項は、公益通報をした日(行政機関や報道機関等への通報の場合は、事業者がその通報を知った日)から1年以内にされた解雇・懲戒について、公益通報をしたことを理由としてされたものと推定する旨を定めました。
これにより、「通報を理由とすること」の立証負担が、通報者側から事業者側へ転換されます。事業者は、当該処分が公益通報とは無関係であることを積極的に主張・立証しなければなりません。
なお、推定の対象は解雇と懲戒(法文上「解雇等特定不利益取扱い」)に限られます。不利益な配置転換や嫌がらせについては、今回の改正では推定の対象とされませんでした。
解雇・懲戒の実務がどう変わるか
実務上の帰結は明確です。通報者(またはその可能性がある者)に対する懲戒・解雇は、通報と無関係の正当な理由を「記録」で立証できることが前提条件になります。
具体的には、次の運用が必要になります。
- 時系列の記録化:懲戒事由の発生時期、認知の経緯、調査の経過、処分理由書を、日付入りで残す
- 通報の先行有無の確認:処分を検討する段階で、「対象者が過去1年以内に公益通報をしていないか」を確認する手順を組み込む
- 情報遮断(ファイアウォール):通報の存在を処分決定者が知らなかったことを示せる体制を設計する
- 処分理由の一貫性:処分通知書、社内稟議、労働審判・訴訟での主張に食い違いが出ないようにする
使用者側で労働事件を扱う立場から言えば、懲戒・解雇の意思決定フローに「直近1年以内の通報の有無」というチェック項目を追加することが、施行までにやるべき最優先事項の一つです。
3. 通報妨害・通報者探索の禁止
通報を妨げる行為の禁止(改正法11条の2)
正当な理由なく公益通報を妨げる行為が禁止されます。そして、妨害に係る法律行為(公益通報をしない旨の誓約書・合意等)は無効とされます。
見落とされがちですが、影響が大きいのは既存の定型書式です。
- 退職合意書の「会社の信用を毀損する情報を第三者に開示しない」旨の条項
- 秘密保持誓約書の包括的な情報開示禁止条項
- 業務委託契約の守秘義務条項
これらが、公益通報を制限する条項として通報妨害と評価されないか、施行前にレビューしておく必要があります。特に退職合意書は、紛争解決の場面で交わされるものであり、対象者が過去に通報していた可能性もあるため、リスクが集中します。
通報者を探索する行為の禁止(改正法11条の3)
正当な理由なく公益通報者を特定することを目的とする行為が禁止されます。従来は法定指針とその解説のレベルで求められていた事項が、法律上の禁止規定として明文化されました。
国会審議では、「正当な理由」がある場合として、通報者が具体的にどのような局面で不正を認識したのかを特定しなければ必要な調査や是正ができない場合などが挙げられています。もっとも、この例外を安易に広げるのは危険です。違反行為自体に直接の刑事罰は設けられていませんが、損害賠償責任のリスクは残ります。
実務上の対応としては、通報対象事実の調査と、通報者の特定を切り分けることに尽きます。
- 調査手順書に、通報者特定につながる質問を避けるルールを明記する
- ヒアリング対象者の選定を、通報内容ではなく客観的な業務分掌から行う
- 調査担当者と人事評価・処分の決定者の間で情報を遮断する
社内調査を外部弁護士に委託する構成は、この情報遮断を担保する方法としても機能します。
4. その他の改正点
フリーランスの保護対象化
業務委託を受けるフリーランス(フリーランス法2条2項の特定受託業務従事者。通報日前1年以内に業務を受託していた者を含みます)が、公益通報の主体に追加されました(改正法2条1項3号)。
自社の労働者だけを想定した通報受付体制では足りなくなります。業務委託先・取引先からの通報を受け付けるルートを整備し、内部通報規程においてもフリーランスを通報主体として明記する必要があります。あわせて、通報を理由とする業務委託契約の解除その他の不利益取扱いを禁止する旨の規定を置くことになります。
従事者指定義務違反への是正命令
公益通報対応業務従事者の指定義務(法11条1項)に違反した場合、勧告に従わないときは是正命令が発せられ、命令違反には30万円以下の罰金(両罰規定あり)が科されます。あわせて立入検査の権限も新設され、検査拒否等にも同様の罰則が置かれました。
一方、内部公益通報対応体制の整備等の義務(法11条2項)違反一般については、従来どおり勧告・公表までであり、命令や刑事罰の対象とはされていません。
つまり、従事者指定こそが行政措置と刑事罰の起点になります。義務対象は常時使用する労働者が300人を超える事業者であり、300人以下の事業者は努力義務です。自社が義務対象かどうか、指定の有無と範囲が適切かを、まず確認してください。
なお、従事者が正当な理由なく通報者を特定させる情報を漏らした場合の罰則(30万円以下の罰金)は、改正前から存在します。指定の運用が形骸化していないかも、あわせて点検が必要です。
5. 施行までのチェックリスト
| 項目 | 対応内容 | 優先度 |
|---|---|---|
| 従事者指定 | 指定の有無・範囲を再点検。是正命令と罰則の起点になる | 最優先 |
| 懲戒手続 | 処分検討時に「直近1年以内の通報の有無」を確認する手順を組み込む。処分理由の記録化を徹底 | 最優先 |
| 規程改定 | 内部通報規程に、妨害禁止・探索禁止・不利益取扱い禁止(罰則)を反映 | 高 |
| 書式の見直し | 退職合意書・秘密保持誓約書等の通報制限条項をレビュー(無効リスク) | 高 |
| 調査手順書 | 通報者探索を防ぐ調査フロー・情報遮断ルールを文書化 | 高 |
| 窓口の周知 | 周知義務の法律上の明示に対応。窓口の存在と利用方法を従業員へ周知し、周知の記録を残す | 中 |
| フリーランス | 業務委託先からの通報受付ルートを整備。規程に通報主体として明記 | 中 |
| 研修 | 管理職向けに、推定規定と直罰化を織り込んだ研修を実施 | 中 |
規程の文言を差し替えるだけでは足りません。懲戒手続と社内調査の「運用フロー」を変えることが、今回の改正への実質的な対応になります。
【地下鉄天神駅直結】お気軽にご相談ください。
よくあるご質問
従業員300人以下の会社も対応が必要ですか。
体制整備義務・従事者指定義務は努力義務にとどまりますが、通報を理由とする解雇・懲戒への刑事罰と推定規定(改正法3条3項)、通報妨害・通報者探索の禁止は、事業者の規模を問わず適用されます。むしろ、通報窓口が整備されていない中小企業ほど、外部通報から一気に紛争化するリスクがあります。
通報者に問題行動があった場合、懲戒はできないのですか。
できます。ただし、通報から1年以内であれば、その処分が通報を理由とするものではないことを会社側が立証しなければなりません。懲戒事由の発生時期、調査経過、処分理由が客観的な記録として残っていれば、推定を覆すことは十分に可能です。逆に言えば、記録がなければ覆せません。
既に交わした退職合意書の秘密保持条項は無効になりますか。
条項の文言と趣旨によります。公益通報を制限する内容と評価される部分については、施行後は無効とされる可能性があります。今後締結する書式については、公益通報を妨げるものではない旨を明示するなどの手当てが必要です。
誰が通報したのかを知らないまま、調査ができるのでしょうか。
通報対象事実の調査と通報者の特定は切り分けられます。通報内容から客観的に調査範囲を設定し、業務分掌に基づいてヒアリング対象を選ぶ設計にすれば、通報者を特定せずに調査を進められる場合がほとんどです。
顧問先向けの対応をご支援します
本江法律事務所では、改正公益通報者保護法への対応について、次のご支援を行っています。
- 内部通報規程の改定(妨害禁止・探索禁止・フリーランス対応の反映)
- 従事者指定の適否・範囲の点検
- 懲戒・解雇の意思決定フローの見直しと、記録運用の設計
- 退職合意書・秘密保持誓約書等の定型書式のレビュー
- 社内調査手順書の策定、情報遮断ルールの設計
- 管理職向け研修の実施
施行は2026年12月1日です。規程の改定だけでなく、懲戒手続と社内調査の運用そのものを見直す必要があるため、準備には相応の期間を要します。早めにご相談ください。福岡・京都いずれのオフィスでもご対応いたします。
【地下鉄天神駅直結】お気軽にご相談ください。
※本記事は2026年9月時点の法令および公表資料に基づいて執筆しています。
参考資料
公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和7年法律第62号)/消費者庁「公益通報者保護法に基づく指針」(改正版・2026年3月31日公表)および同解説/消費者庁 公益通報者保護制度ウェブサイト(事業者向け資料)
2006年、福岡県弁護士会に弁護士登録。
企業法務(使用者側での労務問題、契約書チェック、コンプライアンス体制の整備)、交通事故での損害賠償請求、相続、離婚などの家事事件、企業の事業再生・債務整理その他一般民事、刑事事件等に取り組む。
企業内の研修やセミナー開催の実績多数。
法律事務所として弁護士の質とサービスレベルの高さを磨き、地域経済、地域社会に貢献することを事務所の理念とする。
※日本全国からのご相談に対応しております。





