取引先からの入金が止まった、支払期日を過ぎても連絡がない、分割払いの約束が守られない——債権回収は、多くの企業が直面する問題です。しかし、回収の可否と手段の選択は、相手方の状況と自社が保有する資料によって大きく変わります。
本コラムでは、売掛金・貸金の未回収が生じた場面で、会社側が何を確認し、どう進めるべきかを、実務の判断順に沿って解説します。
1.未回収の原因を切り分ける——「払えない」のか「払わない」のか
債権回収の相談で最も多いのは支払遅延ですが、その原因は相手方が企業か個人かによって傾向が異なります。この切り分けが、その後の対応方針を決める出発点になります。
(1) 企業間取引——成果物への不服が背景にあるケース
企業間取引における支払遅延では、単に資金繰りが厳しいというだけでなく、納品した成果物や提供したサービスの内容に相手方が不服を持っていることが背景にあるケースが少なくありません。「品質が仕様と違う」「約束した納期に遅れた」「追加作業の分は発注していない」といった主張が、支払を止める理由として持ち出されます。
この場合、単純な支払督促では解決しません。相手方の言い分が契約不適合責任(民法第562条以下)の主張として法的に成り立つのか、それとも支払を先延ばしにするための口実にすぎないのかを見極める必要があります。仕様書・発注書・検収記録・やり取りのメールなど、契約内容と履行状況を示す資料の有無が、そのまま交渉力に直結します。
(2) 個人相手——支払約束の不履行と資産状況の不透明さ
相手方が個人の場合は、いったん取り交わした支払約束(分割弁済の合意など)が守られないというパターンが典型です。この場合、契約内容自体に争いがないことも多い一方で、相手方の資産状態が把握できないという問題が前面に出ます。
債権の存在に争いがなくても、相手方に支払能力がなければ回収はできません。この点の見極めが、次に述べる実務上の判断につながります。
2.弁護士に相談する前に——揃えておくべき資料
内容証明郵便による請求を検討する段階で、会社側には次の資料を準備していただく必要があります。これらは、請求の根拠を組み立てるためだけでなく、相手方の反論を予測して備えるためにも不可欠です。
- 契約書・発注書・注文請書・見積書など、債権の発生根拠を示す資料
- 納品書・検収書・業務完了報告書など、自社が履行を終えたことを示す資料
- これまでに発行した請求書、入金記録
- 相手方からの反論・クレームがある場合、その内容が分かる書面やメール
- 支払の督促を行った経緯が分かる記録(メール・書面・通話記録など)
特に重要なのが、相手方から反論やクレームが出ている場合の資料です。相手方の言い分を把握しないまま内容証明を送ると、想定外の反論を受けて交渉が長期化することがあります。不利に見える資料であっても、事前に共有していただくことで対応方針を立てることができます。
3.回収可能性の見極め——資産を把握できているか
債権回収において最も現実的な論点は、相手方から実際に回収できる財産があるかどうかです。判決を取っても、差し押さえる財産がなければ回収は実現しません。
実務では、まず依頼者に対して相手方の資産状況を把握しているかを確認するところから始めます。把握していない場合でも、次のような調査で手がかりを探ります。
① 相手方の住所地について、不動産登記を確認し、所有不動産の有無・担保設定状況を調べる
② 相手方(個人の場合)の勤務先を把握しているか確認する。勤務先が判明していれば給与債権の差押えが視野に入る
③ 取引に使用していた金融機関口座の情報を確認する
これらを調べても資産の手がかりが何も得られない場合、回収可能性は相当に低いと判断せざるを得ません。この段階では、依頼者に対して「ダメ元」であることを率直にお伝えしたうえで、それでも請求だけは行うかどうかを確認します。弁護士費用をかけて手続きを進めても回収に至らない可能性が高い以上、費用対効果を踏まえた経営判断をしていただく必要があるためです。
なお、民事執行法の改正により、財産開示手続の実効性が高まり、また第三者からの情報取得手続(金融機関に対する預貯金情報の照会、市町村・年金機構に対する勤務先情報の照会など)が新設されています。判決等の債務名義を得ている場合には、これらの手続きによって資産を把握できる可能性があります。
4.仮差押えを使う場面——2つの目的とハードルの違い
訴訟には時間がかかります。その間に相手方が財産を処分してしまえば、勝訴しても回収できません。これを防ぐのが仮差押え(民事保全法第20条)です。
実務上、仮差押えを検討する場面は2つに整理できます。
(1) 財産の処分を防ぐ必要がある場面
相手方の財産が判明しているものの、それが処分されてしまうと他に見当たる資産がないというケースです。この場合、保全の必要性(民事保全法第20条第1項)が認められやすく、仮差押命令が発令される可能性は相対的に高くなります。
(2) 相手方にプレッシャーをかける目的の場面
相手方にそれなりの資産があり、直ちに処分されるおそれは低いものの、交渉を進展させるために圧力をかけたいというケースです。特に預金口座を仮差押えできれば、相手方の事業運営に直接的な影響が生じるため、交渉のテーブルにつかせる効果があります。
ただし、この場面では保全の必要性の疎明が難しくなり、前者と比べて命令が出にくくなります。裁判所は、財産が十分にあり処分のおそれも低い相手方に対する仮差押えについては、必要性を慎重に判断するためです。
担保金と請求債権額の問題
仮差押えの申立てにあたっては、裁判所が定める担保(供託金)を立てる必要があります。金額は事案によりますが、請求債権額の1〜3割程度が目安とされることが多く、これを準備できるかどうかが実務上のハードルになります。
また、経営者の方に事前に説明しておくべき重要な点として、請求債権の全額について仮差押命令が発令されるとは限らないという点があります。債権の存在に争いがある部分や、疎明が十分でない部分については、裁判所が対象額を限定することがあります。「請求額の全額を押さえられる」という前提で準備を進めると、実際の発令内容との間で齟齬が生じるため、この可能性は事前にお伝えしています。
5.そもそも未回収を防ぐ——契約前・契約時の備え
債権回収の最も確実な方法は、回収不能な取引を最初から避けることです。実務上、次の3点が重要になります。
(1) 契約締結前の信用調査
新規の取引先と契約する際には、信用情報の取得を先行させる慎重さが必要です。信用調査会社のレポート、登記情報(役員構成・本店移転の履歴・資本金の変動)、決算書の提出を求めるといった手段があります。特に高額な取引や継続的な取引を開始する場合、この段階のコストを惜しむべきではありません。
(2) 担保の取得
取引の規模や相手方の信用状況に応じて、抵当権・根抵当権の設定、動産譲渡担保、債権譲渡担保といった担保の取得を検討します。担保があれば、相手方が支払不能に陥った場合でも優先的な回収が可能になります。
(3) 連帯保証人の徴求
法人との取引においては、代表者個人を連帯保証人とすることが一般的です。法人に支払能力がなくなった場合の回収手段を確保する意味があります。ただし、個人が保証人となる根保証契約については、極度額の定めがなければ無効となります(民法第465条の2)。また、事業のために負担する債務の個人保証については、公正証書による保証意思の確認が必要となる場合があります(民法第465条の6)。契約書の設計には注意が必要です。
(4) 契約書における支払条件の明確化
支払期日・遅延損害金の利率・期限の利益喪失事由を契約書に明記しておくことも重要です。特に期限の利益喪失条項(支払を1回怠れば残額を一括請求できる旨の定め)は、分割払いの合意をする場合に不可欠です。
契約書のチェックポイント全般については「契約書を受け取ったら、まずここを見る——弁護士が実務で使う4つの読み方」もあわせてご参照ください。
6.回収手段の選択——交渉から強制執行まで
実際の回収手段は、債権額・相手方の状況・回収可能性を踏まえて選択します。
① 任意交渉・内容証明郵便による請求——弁護士名義での請求は、相手方に本気度を伝える効果があります。時効の完成猶予(民法第150条・催告から6か月)の効果も生じます。
② 支払督促——書類審査のみで迅速に債務名義を得られますが、相手方が異議を申し立てれば通常訴訟に移行します。争いがないことが見込まれる事案に適しています。
③ 民事調停——話合いによる解決を図る手続きで、分割弁済の合意を調停調書にすることで債務名義を得られます。相手方に任意に支払う姿勢がある場合に選択肢となります。
④ 通常訴訟——争いがある事案の最終的な解決手段です。成果物への不服が主張されている企業間取引では、交渉では解決できないときに提訴せざるを得ないことも少なくありません。
⑤ 強制執行——債務名義を得た後、不動産・預貯金・売掛金・給与などを差し押さえます。相手方の財産が特定できていることが前提です。
内容証明郵便の使い方については「内容証明郵便を送るべきタイミングと書き方」で詳しく解説しています。
まとめ
① 企業間取引の支払遅延は、成果物への不服が背景にあることが少なくない。単純な督促では解決せず、契約内容と履行状況を示す資料が交渉力を左右する。
② 内容証明を送る前に、債権の発生根拠・履行の事実・相手方からの反論内容が分かる資料を揃える。不利な資料も含めて共有することが適切な方針決定につながる。
③ 回収可能性の見極めは、相手方の資産を把握しているかの確認から始まる。不動産登記・勤務先の有無を調べても手がかりがなければ、回収可能性が低いことを前提に、それでも請求するかを判断する。
④ 仮差押えは、財産処分を防ぐ目的の方が、圧力をかける目的よりも命令が出やすい。担保金の準備と、請求全額について発令されるとは限らないことの理解が必要。
⑤ 最も確実な対策は、契約前の信用調査・担保の取得・連帯保証人の徴求・支払条件の明確化という事前の備えである。
当事務所では、売掛金・貸金の回収について、内容証明郵便による請求から仮差押え・訴訟・強制執行まで対応しています。また、未回収を防ぐための契約書の設計・担保設定のご相談も承っています。「回収できる見込みがあるのか判断したい」という段階でのご相談も歓迎します。
2006年、福岡県弁護士会に弁護士登録。
企業法務(使用者側での労務問題、契約書チェック、コンプライアンス体制の整備)、交通事故での損害賠償請求、相続、離婚などの家事事件、企業の事業再生・債務整理その他一般民事、刑事事件等に取り組む。
企業内の研修やセミナー開催の実績多数。
法律事務所として弁護士の質とサービスレベルの高さを磨き、地域経済、地域社会に貢献することを事務所の理念とする。
※日本全国からのご相談に対応しております。






