未払い残業代を請求された会社側の対応——初動・計算・交渉・審判まで使用者側弁護士が解説

退職した元従業員から内容証明郵便が届き、開封すると「未払い残業代〇〇万円を請求する」という文書だった——こうした場面で、会社側はどう動くべきか。初動の対応を誤ると、支払う必要のない金額を支払ったり、逆に交渉の機会を失って労働審判・訴訟に発展したりすることがあります。

本コラムでは、未払い残業代請求を受けた会社側の対応について、初動から交渉・解決までの実務上のポイントを解説します。

1.まずやってはいけない2つの対応

未払い残業代請求が届いたとき、会社側が陥りやすい誤った対応が2つあります。

一つ目は、内容を検討せずに突っぱねることです。「そんな事実はない」「払う必要はない」と即座に拒絶する対応は、交渉の余地を失わせます。請求額が過大であったり計算に誤りがあったりする場合でも、まず内容を精査したうえで根拠を示して反論することが重要です。頭ごなしに拒絶すれば、相手方は労働審判・訴訟に踏み切る判断をしやすくなります。

二つ目は、内容を十分に検討せずに支払ってしまうことです。「面倒なので早く終わらせたい」という判断から、請求額をそのまま支払う会社があります。しかし、請求額の計算が誤っている場合、不必要に多額の支払いをすることになります。また、一部支払いが残額請求への布石になることもあります。支払う前に、自社で正確に労働時間と残業代を計算し直すことが必須です。

2.勤怠記録がない場合——会社側が圧倒的に不利になる

未払い残業代請求の場面で、会社側の立場を大きく左右するのが勤怠記録の有無です。タイムカード・PCログ・入退館記録といった客観的な労働時間の記録がない場合、会社側は著しく不利な立場に置かれます。

労働安全衛生法第66条の8の3は、使用者に労働者の労働時間の状況を把握する義務を課しています。記録がなければ「会社は労働時間を把握していなかった」という事実になり、元従業員が自分でメモしていた記録やスマートフォンのアプリで記録していたデータが証拠として採用されるリスクがあります。相手方の記録をベースに話が進む状況になれば、会社側の反論は非常に困難です。

請求を受けた段階でまず行うべきは、手元にある勤怠記録・給与台帳・業務日報・メール送受信記録などを早急に収集・保全することです。断片的な記録であっても、相手方の主張する労働時間との整合性を検討する材料になります。

3.請求額の精査——実務上よく争点になる論点

請求額が届いたら、専用の計算ソフトを使って自社で正確に計算し直すことが不可欠です。請求額と会社側の計算が乖離している場合は、その根拠を明示して反論します。実務上、以下の論点が争点になることが多くあります。

ⅰ.変形労働時間制の有効性

1か月単位・1年単位の変形労働時間制を採用している場合、所定労働時間の設定によって時間外労働の計算方法が変わります。ただし、変形労働時間制が有効に成立していない場合(労使協定の不備・就業規則への記載がない等)は、通常の労働時間規制が適用されます。変形労働時間制が有効かどうか自体が争点になることがあります。

ⅱ.固定残業代の有効性

固定残業代(みなし残業代)を支払っていた場合、その設計が有効要件(判別可能性・対価性)を満たしているかどうかが争点になります。有効であれば固定残業時間数を超えた部分のみが未払いとなりますが、無効であれば固定残業代として支払ってきた金額が残業代の計算に算入されず、請求額が大幅に増加します。

ⅲ.休憩時間・手待ち時間の扱い

元従業員が「休憩を取れなかった」「手待ち時間(業務の合間に待機していた時間)も労働時間だ」と主張するケースがあります。休憩時間は労働から完全に解放されている必要があり(労働基準法第34条)、実態として業務から切り離されていなければ労働時間とみなされます。手待ち時間についても、使用者の指揮命令下にある時間は労働時間に該当します。

ⅳ.割増賃金の計算基礎(除外賃金)

割増賃金の計算基礎となる賃金から除外できるのは、労働基準法施行規則第21条に列挙された手当(家族手当・通勤手当・別居手当・子女教育手当・住宅手当・臨時に支払われた賃金・1か月を超える期間ごとに支払われる賃金)に限られます。「営業手当」「職務手当」等の名称であっても、実態が定額で支払われる通常の賃金であれば除外できません。

ⅴ.時効

令和2年4月1日以降に支払日が到来した賃金の時効は3年(労働基準法第115条・経過措置あり)です。請求の対象期間が3年を超える部分については時効の抗弁を主張できます。退職日から請求までの期間を確認し、時効が援用できる部分を特定することが重要です。

4.交渉か労働審判・訴訟か——使用者側の判断基準

未払い残業代請求への対応において、交渉での解決を目指すか、労働審判・訴訟での解決を目指すかは、重要な戦略的判断です。

使用者側がリードできる状況——自社の計算に根拠があり、相手方の請求額が過大であることを示せる、勤怠記録が整備されている、相手方に弁護士がついていない——であれば、交渉での早期解決を図ることが得策です。交渉であれば、解決の条件・金額・時期を双方の合意で決めることができます。

一方、労働審判・訴訟に持ち込まれた場合は、どのような裁判官・労働審判員の構成になるかによって、会社側の主張がどう受け取られるか、コントロールが効かなくなる要素が生じます。法的に正当な主張であっても、審判員の構成や裁判官の傾向によって結果が変わることがあります。この点が、交渉解決を優先すべき実務上の大きな理由の一つです。

ただし、交渉で解決できない場合や、相手方が最初から労働審判を申し立ててきた場合は、速やかに弁護士と連携して答弁書の準備に入ることが必要です(労働審判の対応については「労働審判を申し立てられた会社側の対応」をご参照ください)。

5.固定残業代・管理監督者の問題が絡む場合

残業代請求への対応において特に注意が必要なのは、固定残業代の有効性や管理監督者該当性に問題がある場合です。

相手方(元従業員)がこれらの論点をまだ主張していない段階では、会社側としてその論点を自ら持ち出す必要はありません。しかし、固定残業代の設計に問題がある・管理監督者として扱っていた従業員の実態が要件を満たしていないという弱点を会社側が認識しているのであれば、相手方がその論点を持ち出す前に交渉で解決しておくことが賢明です。

一度労働審判・訴訟に持ち込まれると、相手方の弁護士がこれらの論点を発見・主張することがあります。その場合、当初の請求額を大幅に上回る金額が争点になるリスクがあります。早期の交渉解決は、こうしたリスクを遮断する意味でも重要です。

6.付加金リスクと再発防止

裁判所は、使用者が悪意または重大な過失によって割増賃金を支払わなかった場合、未払い額と同額の付加金の支払いを命じることができます(労働基準法第114条)。付加金が認められると、実質的に2倍の支払いとなります。

また、一人の元従業員からの請求が、在職中の他の従業員や退職した別の元従業員への請求に波及することがあります。一件の請求を奇貨として、自社の残業代管理の仕組みを根本から見直すことが、長期的なリスク管理として重要です。固定残業代の設計・変形労働時間制の適法性・勤怠記録の管理——これらを顧問弁護士と一緒に点検しておくことが、次の請求への最善の備えになります。

まとめ

① 請求を受けたら、根拠なく突っぱねることも、内容を確認せずに支払うことも避ける。まず自社で正確に計算し直すことが出発点。

② 勤怠記録がない場合、相手方の記録をベースに話が進む。記録の収集・保全を早急に行う。

③ 請求額の精査では、変形労働時間制の有効性・固定残業代の有効性・休憩時間と手待ち時間・除外賃金の範囲・時効が主な争点となる。

④ 使用者側がリードできる状況では交渉解決を優先する。労働審判・訴訟では裁判官・審判員の構成によってコントロールが効かなくなる要素が生じる。

⑤ 固定残業代・管理監督者に問題がある場合、相手方がその論点を主張する前に交渉で解決することが、リスクを遮断する実務上の要点。

当事務所では、未払い残業代請求への交渉対応から、労働審判・訴訟への対応まで、使用者側の立場で一貫してサポートしています。請求書が届いた段階でのご相談が最も効果的です。

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2006年弁護士登録以来、企業法務、事業再生・債務整理、税務関係、交通事故、消費者事件、知的財産権関係、家事事件(相続・離婚その他)、
その他一般民事、刑事事件、少年事件に取り組む。講演実績は多数あり、地域経済を安定させる、地域社会をより良くしていくことに繋がる。
こう確信して、一つ一つの案件に取り組んでいます。

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