介護施設の身体拘束と虐待通報——3要件・令和6年度改定・監査対応を弁護士が解説

介護施設の運営において、身体拘束と虐待は避けて通れない課題です。しかし現場では、しばしば正反対のリスクが同時に存在します。拘束をすれば虐待を疑われ、拘束をしなければ転倒事故の責任を問われる——この板挟みの中で、施設としてどう判断すべきか。

本コラムでは、身体拘束の法的な枠組みと、虐待の通報を受けた場合の施設側の対応を整理したうえで、実務上見落とされがちなリスクの捉え方について解説します。

1.身体拘束は原則禁止——例外が認められる3要件

介護保険法に基づく運営基準は、介護施設における身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為を原則として禁止しています。例外的に認められるのは、「利用者または他の利用者等の生命または身体を保護するため緊急やむを得ない場合」に限られます。

この「緊急やむを得ない場合」に該当するには、次の3要件をすべて満たす必要があります。

切迫性——利用者本人または他の利用者の生命・身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと
非代替性——身体拘束その他の行動制限を行う以外に代替する介護方法がないこと
一時性——身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること

実務上決定的に重要なのは、この3要件を満たすと判断した過程が記録として残されているかという点です。厚生労働省の解釈(令和7年1月20日付け介護保険最新情報Vol.1345)は、3要件すべてを満たすことの記録が確認できなければ減算の適用となると明示しています。「実際には要件を満たしていた」という主張は、記録がなければ通りません。

やむを得ず身体拘束を行った場合には、その態様・時間、利用者の心身の状況、緊急やむを得ない理由その他必要な事項を記録することが運営基準上義務付けられています。

2.令和6年度改定——拘束をしていなくても減算対象になる

令和6年度介護報酬改定により、身体拘束廃止未実施減算の対象サービスが拡大され(短期入所系・多機能系が追加)、あわせて高齢者虐待防止措置未実施減算が新設されました。

ここで施設運営者が正確に理解しておくべき点があります。厚生労働省のQ&Aは、利用者に対して身体的拘束等を一切行っていない場合であっても、適正化を図るための措置が講じられていなければ減算の適用となると明言しています。

講じるべき措置は次の3点です。

  • 身体的拘束等適正化検討委員会を定期的に開催し、その結果について従業者に周知徹底すること
  • 身体的拘束等の適正化のための指針を整備すること
  • 従業者に対し、身体的拘束等の適正化のための研修を定期的に実施すること

「うちは拘束をしていないから関係ない」という理解は誤りです。委員会・指針・研修の3点セットは、拘束の有無にかかわらず整備が必要です。

なお、減算の適用時期について、運営指導等で行政機関が把握した「措置が講じられていない事実」が発見日より過去のものであった場合、過去に遡及して減算が適用されることはなく、発見した日の属する月が「事実が生じた月」となります。この点は施設側にとって重要な情報です。

また、訪問系・通所系サービスについては減算の適用はありませんが、身体拘束を行った際に3要件を満たした記録が確認できない場合は指導の対象となります。

3.虐待が疑われる事案の調査——介護現場特有の難しさ

職員による虐待が疑われる事案が生じた場合、施設としてまず事実調査を行う必要があります。しかし介護現場での事実認定には、他業種のハラスメント調査とは異なる固有の困難があります。

(1) 密室性と目撃者の不在

入浴介助・排泄介助・夜間の居室対応など、介護業務の相当部分は職員と利用者が一対一で行われます。防犯カメラが設置されていない区域も多く、第三者の目撃証言が得られないことが少なくありません。結果として、職員の供述と利用者側の主張が真っ向から対立したまま、決め手を欠く状況になります。

(2) 利用者本人からの聴取の困難さ

認知症等により記憶や表現に制約がある利用者の場合、本人からの聴取だけで事実を確定することは困難です。さらに、質問の仕方によって回答が誘導されやすいという問題(迎合性)や、聴取のたびに内容が変わるという問題(供述の変遷)が生じます。

このため、利用者本人からの聴取を行う場合には、誘導的でない開かれた質問から始め、聴取の日時・質問内容・回答を逐語に近い形で記録することが重要です。後日「誘導があったのではないか」と争われた際に、聴取の適切さを示せるかどうかが問われます。

(3) 家族からの強い要求

虐待の疑いが浮上した局面では、家族から早期の結論や特定職員の処分を求める強い要求が寄せられることがあります。しかし、調査が尽くされないまま結論を出せば、後に事実認定を覆される事態を招きます。家族に対しては、調査の見通しと進捗を丁寧に説明しつつ、結論を急がない姿勢を保つ必要があります。

(4) 調査の基本手順

こうした困難がある中でも、調査の基本は変わりません。客観的資料を先に収集・保全し、それを分析したうえでヒアリング対象者を決めるという順序です。介護記録・ケース記録・勤務シフト表・申し送り記録・防犯カメラ映像・受傷部位の写真などを早期に保全することが出発点になります。

利用者の身体に説明のつかない痣等を発見した場合は、まず管理者への報告と治療を優先したうえで、可能な範囲での本人からの聴取と映像の確認を行います。

調査手順の一般的な考え方については「社内ハラスメント調査を外部弁護士に依頼する意味」もご参照ください。

4.内部職員からの通報——公益通報者保護法への対応

虐待の端緒が内部職員からの通報である場合、施設側は公益通報者保護法を踏まえた対応が必要になります。高齢者虐待防止法は、虐待を発見した従事者に通報義務を課すとともに、通報を理由とする解雇その他の不利益取扱いを禁止しています。

実務上重要なのは、通報を受けてから調査・是正に至るまでの手順をあらかじめフローとして整備しておくことです。通報窓口の設置、通報者の特定を防ぐ情報管理、調査担当者の選任、調査結果の通報者への伝達、是正措置の実施——これらを事案発生後に場当たり的に組み立てると、通報者の氏名が調査過程で漏れる、通報者が事実上職場に居づらくなるといった事態が生じます。

特に注意すべきは、通報者への不利益取扱いが、直接的な処分だけでなく事実上の圧力の形をとりうる点です。配置転換、シフトの変更、周囲からの孤立といった状況が通報後に生じれば、それ自体が不利益取扱いとして問題視されます。通報者の保護は、制度を作るだけでなく運用で担保する必要があります。

公益通報体制の整備については「内部通報窓口に弁護士を活用すべき理由とは」もあわせてご覧ください。

5.自治体の運営指導・監査が入った場合

虐待の疑いが自治体に把握された場合、市町村の高齢者虐待防止担当部局と指定権者が連携して調査を行います。人格尊重義務違反や虐待の事実が確認されれば、勧告を経ずに直接指定取消等の行政処分の対象となりうる点は、人員基準違反等とは異なる重大な特徴です。

行政監査は、事前通告なしに実施される場合もあります。また、通常の運営指導と異なり、通知から実施日までの期間が極端に短い、特定の利用者を指定して記録の開示を求められる、通常求められない書類の準備を指示されるといった特徴がみられる場合、虐待事案を念頭に置いた監査である可能性が高いといえます。

弁護士に相談する意味とタイミング

この場面で弁護士が関与する意味は、主に次の3点にあります。

① 提出資料の整理と説明内容の検討
監査で求められる記録類について、何をどこまで提出するのか、記録に不備がある場合にどう説明するのかを事前に検討できます。場当たり的な説明は、後の弁明の機会において一貫性を欠く原因になります。

② 監査への同席
弁護士が監査に同席することは可能です。施設側の説明が正確に伝わっているか、質問の趣旨が何かを確認しながら対応することで、意図しない不利な発言を避けられます。ただし、行政に対して過度に対決的な姿勢と受け取られないよう、同席の目的とスタンスを事前に整理しておく必要があります。

③ 改善計画の作成支援
虐待の事実が確認された場合、要因分析に基づく改善計画の作成と、改善状況の定期的な報告が求められます。実効性のある計画を作成できるかどうかが、その後の処分の重さに影響します。

相談のタイミングとしては、監査の通知を受けた段階、あるいは虐待の疑いが施設内で浮上した段階が望ましいといえます。行政処分が具体化してからでは、取りうる選択肢が限られます。虐待事案が疑われる段階で早期に相談しておくだけでも、調査手順の適正さを確保でき、その後の行政対応の基礎になります。

6.拘束のリスクと、拘束しないリスク——現場の実感に即した整理

ここまで身体拘束の規制と虐待対応を述べてきましたが、施設運営者の実感としては、別の懸念が大きいのではないでしょうか。

身体拘束をめぐる法的リスクには、実は方向の異なる2つがあります。拘束したことによって虐待を問われるリスクと、拘束しなかったことによって転倒等の事故責任を問われるリスクです。

そして実務的な重みという意味では、後者、すなわち転倒事故のリスクの方が現実的に大きいと考えられます。転倒による骨折・頭部外傷は、直ちに具体的な損害として顕在化し、家族からの損害賠償請求に直結します。安全配慮義務の履行状況が問われる場面で、施設側が「拘束が禁止されているため」とだけ説明しても、それだけで免責されるわけではありません。求められているのは、拘束以外の方法によって事故を防ぐ体制を尽くしたかどうかです。

さらに見落とされやすいのが、拘束をしない介護を続けることによる職員の疲弊です。転倒リスクの高い利用者への見守りを人手で担保しようとすれば、職員の負担は著しく増大します。これが離職につながれば人員体制がさらに手薄になり、事故リスクが上がるという悪循環に陥ります。ある意味で、これが施設運営における最大のリスクかもしれません。

この構造を踏まえると、施設として取り組むべきは次の点に整理できます。

① 拘束に頼らない事故防止策(離床センサー、居室配置の工夫、リスクの高い時間帯の人員配置)を具体的に講じ、その検討過程を記録すること
② 事故が生じた場合に「講じうる措置を尽くしていた」と説明できる資料を平時から蓄積すること
③ 職員の負担が特定の時間帯・特定の職員に集中していないかを把握し、体制面から手当てすること
④ 3要件を満たす場合には、記録を整えたうえで適切に拘束を実施することを過度に躊躇しないこと

④について補足すると、身体拘束が原則禁止であることと、3要件を満たす場合の実施が違法であることとは別問題です。要件を満たす事案について、記録を整えたうえで実施することは制度上認められた対応であり、これを一律に避けることが、かえって事故リスクと職員の疲弊を高めている側面があります。

まとめ

① 身体拘束は原則禁止。例外は切迫性・非代替性・一時性の3要件をすべて満たす場合に限られ、その判断過程の記録がなければ要件を満たしたとは扱われない。

② 令和6年度改定により、拘束を一切していない施設でも、委員会・指針・研修の3点が整備されていなければ減算対象となる。

③ 介護現場の虐待調査には、密室性・利用者の迎合性と供述変遷・家族からの圧力という固有の困難がある。客観的資料の保全を先行させる手順が特に重要。

④ 内部通報への対応は、事案発生後ではなく平時にフローとして整備しておく。通報者への不利益取扱いは事実上の圧力の形をとりうる点に注意。

⑤ 虐待が確認されれば勧告を経ずに指定取消等の対象となりうる。監査通知の段階、あるいは疑いが浮上した段階での早期相談が望ましく、監査への弁護士同席も選択肢となる。

⑥ 実務的なリスクの重みは、拘束による虐待認定より、拘束しないことによる転倒事故と職員の疲弊の方が大きい。拘束に頼らない事故防止策の実施と記録化、体制面からの負担軽減が現実的な対応となる。

当事務所では、介護施設の運営に関する法的リスクについて、身体拘束の適正化体制の整備、虐待が疑われる事案の調査手順、行政の運営指導・監査への対応、家族からの損害賠償請求への対応まで、施設側の立場でサポートしています。

介護事故をめぐる責任については「介護事故が発生、介護職員が訴えられたらどうする?」を、施設内のハラスメント対策については「介護施設のハラスメント対策」をあわせてご参照ください。

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2006年、福岡県弁護士会に弁護士登録。
企業法務(使用者側での労務問題、契約書チェック、コンプライアンス体制の整備)、交通事故での損害賠償請求、相続、離婚などの家事事件、企業の事業再生・債務整理その他一般民事、刑事事件等に取り組む。
企業内の研修やセミナー開催の実績多数。
法律事務所として弁護士の質とサービスレベルの高さを磨き、地域経済、地域社会に貢献することを事務所の理念とする。

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