セクシュアルハラスメントの被害申告を受けた会社からのご相談で、最初に出てくる質問はほぼ決まっています。「この社員を解雇できますか」です。
結論から述べると、懲戒解雇は選択肢としてはあり得ますが、実務では、それを選ばないことのほうが多いです。当事務所でもセクハラ事案を扱ってきましたが、懲戒解雇を選択したことはほとんどありません。
といっても、これは会社に対して我慢を強いた結果ではありません。むしろ、懲戒解雇を急いだ結果、処分が無効となって、加害者を職場に戻す(事実上は、職場に戻ってくるまではないものの、仕事をしていない期間に対して後日、遡って給与を支払い、更に解決金を払う形になるのが大半です。)ことになれば、被害者にとっても会社にとっても、最悪の結末になります。
そして、選択肢は「懲戒解雇か、退職勧奨か」の二択ではありません。懲戒解雇と普通解雇を併用するという組み立て方があり、処分無効を回避するという目線では、これが実務上もっとも使い道のある手段です。本記事では、使用者側の労務案件を専門とする立場から、処分を選ぶまでに会社が何を踏むべきかを解説します。
1.なぜ懲戒解雇を選ばないことが多いのか
1.1 当事務所が退職勧奨で対応した理由
当事務所が扱った事案でも、懲戒解雇ではなく基本的には退職勧奨で対応することがほとんどです。理由は大きく2つあります。
①処分が無効となるリスクを避けるため。事実関係に争いがあるケースや、悪質さに疑問が残るケースなどで懲戒解雇という最も重い処分を打てば、訴訟で覆される可能性が残ります。
②被害者が報復をおそれたため。懲戒解雇という形で加害者を追い出せば、その怒りが被害者に向かう。被害者自身がそれを懸念することが多々あります。
②は、加害者への処分だけを考えていると見落とします。しかし現実の事案では、被害者の安全が処分の選択を大きく左右します。この視点が欠けたまま「解雇できるか」だけを検討しても、実務では機能しません。
1.2 会社が取り得る選択肢は、二択ではない
「解雇できるか」という問いの立て方をすると、懲戒解雇か放置かの二択に見えてしまいます。実際に会社が取り得る選択肢は、次のとおり多岐に渡ります。
| 選択肢 | どういう場面で選ぶか | 主なリスク |
|---|---|---|
| 懲戒解雇 | 認定できた行為が明らかに悪質で、繰り返しや否認もある | 事実認定と悪質性の評価を誤ると無効になり、遡って(さらに将来に向かっても)賃金を支払うことになる |
| 懲戒解雇+予備的に普通解雇 | 悪質性の評価に幅があるが、この社員の雇用を続けることはできない | 予備的な意思表示を解雇通知書において明示しておかなければ、普通解雇としての効力が認められない |
| 普通解雇のみ | 悪質性の立証に不安があるが、職場に戻せない事情がはっきりしている | 解雇一般の無効リスクは存在する |
| 諭旨解雇・退職勧奨 | 事実に争いが残る/被害者が報復をおそれている | 本人が応じなければ成立せず、同意したとしてもそれが真意に基づくものかを争われる |
| 解雇以外の懲戒処分+配置転換 | 行為が軽微、または配置転換で再発を防げる | 悪質な行為に対しても軽微な処分をしてしまうと、それで済んだという事実が前例として残ってしまい、企業秩序が守られない。再発時に重い処分を打ちにくくなる |
このうち、実務で最も使い道があるにもかかわらず意識的に選択されることが意外と少ないのが、懲戒解雇と普通解雇の併用です。処分が無効になることを避けるという一点に絞れば、この組み立てが効きます。5.で詳しく述べます。
2.セクハラ行為の定義と、解雇が認められるレベル
2.1 セクハラ行為の定義と種類
男女雇用機会均等法では、セクハラを次の2種類に定義しています。
| 種類 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 対価型セクハラ | 性的要求に応じてくれないことを理由に、不利益な取り扱いをすること | 昇進や昇給と引き換えに性的関係を要求する、拒否したら降格させるなど |
| 環境型セクハラ | 職場において、労働者の意に反する性的な言動が行われ、それによって労働環境が不快なものとなっていること | 性的な冗談を繰り返す、卑猥な画像を送信する、身体に触れる、性的な噂を流すなど |
これらのセクハラは、身体的な接触だけでなく、言葉や視線、メールやSNSなど、様々な形態で起こり得ます。また、同性間でもセクハラは成立します。加害者と被害者の関係性も、上司と部下、同僚、取引先など様々です。
セクハラとなるかどうかは、「平均的な労働者の感じ方」を基準として判断することになります。よくある誤解として「被害者が不快に思っていればセクハラ」と言われることがありますが、客観的に見て軽微な行為について被害の申告がなされることもあり、申告された行為がすべてセクハラとして違法と扱われるべきものではありません(受け手が受忍すべき限度内の言動と評価される場合があります)。この点は注意が必要です。
ただ、パワハラと異なるのは、「業務上の必要性」が認められないため、相当性の問題だけになる、ということです。軽微かもしれないが、セクハラではある、というゾーンはかなり広い、ということが言えます。
2.2 懲戒解雇に値するセクハラ行為
違法と評価される程度のセクハラ行為があったとして、そのすべてが懲戒解雇に値するわけではありません。解雇という処分が許されるかどうかは、行為の内容・悪質さ、頻度、期間、被害者の精神的苦痛の程度、加害者の反省の有無、それに対するペナルティの有無などを総合的に考慮して判断されます。
過去の裁判例を参考にすると、懲戒解雇が認められる可能性が高いのは次のような場合です。
●悪質な性的暴行(強制わいせつ、強姦など)
●執拗な性的要求(拒否しても繰り返し要求する、ストーカー行為など)
●多数の被害者がいるとき
●被害者が深刻な精神的ダメージを負っている(PTSD、うつ病など)
●セクハラを指摘された加害者に反省の色が見えない
2.3 懲戒解雇までは認められにくいセクハラ行為
次の場合、懲戒解雇まで認められるかというと疑問ですが、普通解雇や諭旨解雇が認められる可能性があります。
●一度のセクハラ行為でも、内容が重大な場合(性的な侮辱発言、不適切な身体接触など)
●複数回のセクハラ行為があった場合(軽微な行為が繰り返されていた場合)
これらのレベルにも達していないセクハラ行為の場合には、解雇自体が認められない可能性が高いと考えられます。
この「懲戒解雇までは重いが、普通解雇なら通り得る」という帯が、実務上もっとも判断に迷うところです。ここをどう組み立てるかは5.で述べます。
3.事実認定——供述が食い違うとき、会社は何をするのか
セクハラは密室で起きることが多く、双方の言い分が真っ向から対立します。ここで会社の対応が分かれます。
3.1 まず、一致している事実から評価する
争いのある部分に飛びつく前に、双方の供述が一致している事実だけで、どこまでセクハラと評価できるかを検討します。
実務上の感覚として、加害者は自分の行為を甘く見ていることが多いのです。「その程度のことは言った」「肩に触れたくらいはある」と本人が認めている範囲だけでも、法的にはセクハラと評価できることが珍しくありません。争点を絞り込む前に、ここを押さえます。
3.2 食い違う部分は、供述の信用性を評価する
認定できない部分については、次のような観点から双方の供述の信用性を検討します。
●LINEやメールなど、客観的な記録との整合性
●話の筋道が自然か、不自然な飛躍がないか
●供述の確かさ。特に加害者側が「記憶があいまい」と述べる部分の扱い
ここで強調しておきたいことがあります。被害者の供述を鵜呑みにはしません。
これは被害者を疑うという意味ではありません。会社が行うのは処分の前提となる事実認定であり、認定が公正でなければ、その処分は後に覆ります。被害者の申告をそのまま事実として処分を打ち、訴訟で崩される——それは結果として被害者を守ることになりません。
3.3 第三者の供述がない場合の前提
目撃者や第三者の供述が得られない事案では、「一定の事実については認定できなかった」ということを前提に置くことが重要です。
認定できなかった事実を、あたかも認定できたかのように扱って処分を組み立てると、その処分は脆くなります。認定できた範囲で、相当な処分を選ぶ。これが実務の鉄則です。
なお、社内調査には限界があります。利害関係のない第三者による調査が必要な事案については、社内ハラスメント調査を外部弁護士に依頼する意味をご覧ください。
3.4 証拠の収集方法
事実確認と並行して、証拠の収集も重要です。証拠は、後の処分や訴訟において重要な役割を果たします。
| 証拠の種類 | 収集方法 | 注意点 |
|---|---|---|
| 被害者からの聞き取り | 面談記録の作成、録音 | プライバシーに配慮した環境で行う |
| 加害者・目撃者からの証言 | 面談記録の作成、録音 | 証言の強要をしてはならない |
| メール、LINEなどの記録 | スクリーンショット、印刷 | データの改ざん防止 |
| 防犯カメラの映像 | データの保存 | プライバシーへの配慮が必要 |
| 日報、業務記録 | コピーの保存 | 関連性の有無を慎重に判断 |
証拠のうちでも、客観的な証拠が特に重要です。様々な角度から証拠を集めることで、事実関係をより明確にすることができます。
4.処分の量定——懲戒解雇が無効になりやすい場合
重い処分が無効と判断されやすいのは、より軽い処分で足りたと評価される場合です。具体的には次のような事情があるときです。
①事実関係に争いがあり、認定できるセクハラが必ずしも悪質とまでは言えない
②加害者が指導を受け入れている
③配置転換によって再発が防止できると見込まれる
逆に、厳しい処分が相当と言えるのは次の場合です。
●行為自体が特別に悪質とまでは言えなくても、繰り返している
●非を認めない
ただしここでも、一発で懲戒解雇まで選択することはしません。段階を踏んだ処分の履歴があって初めて、重い処分が相当と評価される余地が生まれます。
そして、①のように悪質性の評価が微妙な事案でも、雇用を続けられないこと自体は明らかである場合があります。そこで検討すべきなのが、次に述べる普通解雇との併用です。
4.1 解雇の有効性を高めるためのポイント
解雇の有効性を高めるためには、客観的な証拠に基づいた公正な手続きを踏むことが不可欠です。
①事実関係の正確な把握、証拠の保全——セクハラ行為の状況などを確認し、その裏付けとなる証拠を確保して、紛失等のないよう管理します。
②解雇理由書の作成と、要求されたときの提出——解雇処分とすることを決定する時点で、就業規則上の根拠を確認し、把握した事実が当該根拠事由に該当することを実際に解雇理由書の形に記述し、いつでも提出できるように準備しておきます。
③懲戒処分の種類と相当性——セクハラ行為の程度や悪質性、会社の就業規則などを考慮し、適切な懲戒処分を選択します。解雇は最も重い処分であるため、懲戒解雇が相当と判断されるためには、客観的に見て重大なセクハラ行為であることが必要です。
④手続きの公正性——必須ということではありませんが、問題社員に対し弁明の機会を与えるなど公正な手続きを踏むことにより、解雇が無効となるリスクは相対的に減少すると思われます。詳細は懲戒処分をするには弁明の機会の付与が必要かをご覧ください。
4.2 処分の決定と通知の手順
処分を決定する際には、就業規則に則り、公平性を保つことが重要です。通知は書面で行い、処分理由、処分内容、不服申し立ての手続きなどを明確に記載します。口頭での通知だけでは証拠が残らず、後のトラブルに発展する可能性があります。
| 手順 | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| ①事実関係調査 | 上記のとおり | 公平な立場から調査しつつ、二次被害発生の防止を心がける |
| ②処分内容の決定 | 就業規則に基づき、適切な処分内容を決定する | 過去の裁判例も参考に、妥当な処分を検討する |
| ③問題社員への通知 | 処分内容を書面で通知する | 通知内容を明確に記載する |
| ④不服申し立てへの対応 | 不服申し立てがあった場合は適切に対応する | 社内規定に基づき、対応手順を確認する |
5.懲戒解雇と普通解雇を組み合わせる——処分無効を回避する設計
ここまでは「懲戒解雇が認められるか」という軸で述べてきました。しかし実務で本当に必要なのは、処分が無効になることを避けながら、雇用関係を適法に終了させるという設計です。そのための道具が、懲戒解雇と普通解雇の使い分けです。
5.1 懲戒解雇が無効になると何が起きるか
懲戒解雇が無効と判断されれば、その社員は解雇の時点から労働者の地位を失っていなかったことになります。実際に職場へ戻ってくるところまで至ることは多くありませんが、働いていない期間の賃金を、後から遡って支払うことになります。加えて、実際には解決金の支払いも含めて決着させるのが大半です。職場復帰を認めない以上、将来に向かっても賃金の支払いが問題になります。
訴訟が一審で終わらなければ、この期間は2年、3年に及びます。金額が膨らむこと自体もさることながら、被害者に対して「あの処分は維持できなかった」と告げなければならない——これが最も避けたい結末です。処分の重さを競うのではなく、確実に終了させることを優先すべき理由がここにあります。
5.2 懲戒解雇が無効でも、普通解雇としては有効になり得る
懲戒解雇と普通解雇は、判断の枠組みそのものが違います。
| 比較項目 | 懲戒解雇 | 普通解雇 |
|---|---|---|
| 性質 | 企業秩序違反に対する制裁 | 雇用契約を継続し難いことによる解約 |
| 主な判断要素 | 就業規則上の懲戒事由に該当するか/行為の悪質性に照らして処分が重すぎないか | 客観的に合理的な理由があるか/社会通念上相当か(労働契約法16条) |
| 争点の中心 | 行為がどれだけ悪質か | この社員の雇用を続けられるか |
| 退職金 | 不支給・減額の規定が働き得る | 原則として支給対象になる |
つまり、認定できたセクハラ行為が「懲戒解雇に値するほど悪質」とまでは言えなくても、「この社員の雇用を続けることはできない」とは言える場面があります。ここに普通解雇の使い道があります。
4.で述べたとおり、懲戒解雇が無効になりやすいのは悪質性の評価が微妙な事案です。まさにその事案で、普通解雇のほうには有効となる余地が残ります。悪質性の評価という一点に勝敗を預けないための組み立てだと考えてください。
5.3 予備的に普通解雇の意思表示をしておく
ここで注意が必要です。懲戒解雇が無効になったときに、自動的に普通解雇として読み替えてもらえるわけではありません。
裁判例の多数は、懲戒解雇から普通解雇への転換を認めていません。両者は法的性質が異なり、就業規則上の根拠条文も別であること、転換を認めれば労働者の地位が不安定になることが理由です。会社が懲戒処分としてのみ検討した結果として懲戒解雇を選んだ場合、後から「あれは普通解雇でもあった」と主張しても通りにくいのです。
そこで実務では、主位的に懲戒解雇、予備的に普通解雇という形で、はじめから両方の意思表示をしておきます。仮に懲戒解雇が無効であるとしても、予備的な普通解雇によって雇用関係は終了している——という構成です。
具体的には、次の手当てが必要になります。
①解雇通知書に両方を記載する——懲戒解雇の意思表示をしたうえで、「仮に懲戒解雇が無効である場合には、予備的に、就業規則第○条に基づき普通解雇する」旨を明記します。口頭で述べただけでは残りません。
②就業規則の普通解雇事由を確認する——普通解雇の根拠条文がなければ、予備的な意思表示も空振りになります。「その他前各号に準ずるやむを得ない事由があるとき」といった包括条項の有無を含め、通知の前に確認します。
③解雇予告の手当てをする——懲戒解雇では労働基準監督署の解雇予告除外認定を受けて即時解雇とすることがありますが、予備的な普通解雇が有効となる場面では、解雇予告または予告手当の問題が残ります。30日前の予告か予告手当の支払いを済ませておくほうが安全です。
④退職金の処理を想定しておく——懲戒解雇なら不支給・減額の規定が働き得ますが、予備的な普通解雇が有効とされた場合は原則として支給対象になります。どちらに転んでも説明できる整理を、先にしておきます。
5.4 予備的普通解雇を付けても足りない場合
予備的な意思表示さえしておけば安全、という話ではありません。
裁判例の中には、会社が懲戒解雇の維持は難しいと判断しながら解雇することに固執し、解雇以外の手段を検討しなかったことを理由に、予備的に行われた普通解雇についても社会通念上の相当性を欠くと判断したものがあります。
ここから読み取るべきは、「より軽い処分や配置転換では足りなかった」という検討の跡を残しておくことの重要性です。予備的普通解雇は、検討を尽くした結論であって初めて機能します。検討を省いた解雇に保険を掛ける道具ではありません。
5.5 はじめから普通解雇だけを選ぶ判断
悪質性の評価に自信が持てない事案では、懲戒解雇を打たず、普通解雇のみで進めるという選択もあります。懲戒処分としての「制裁」の色を落とすことで、争点が行為の悪質性から雇用継続の可否へ移ります。
この場合、会社が主張すべきは次のような事情です。
●被害者が同じ職場で就労を続けられない状態にあること
●配置転換で解決できる規模・組織ではないこと
●加害者に改善の見込みがないこと(過去の注意・指導の履歴)
●他の従業員や職場秩序への影響
とりわけ中小企業では、配置転換による解決が物理的に不可能であることが多い。この事情は、普通解雇の相当性を支える方向に働きます。
ただし、懲戒処分を一切行わずに普通解雇だけを打つと、「企業秩序違反として扱わなかったのに雇用は切った」という形になり、動機を疑われることもあります。事案によっては、けん責・減給といった懲戒処分を先に打ったうえで、別に普通解雇を検討するという順序が適切です。
6.被害者の意向をどこまで反映させるか
被害者からの聴取は、事実の確認だけで終わらせてはいけません。意向と希望を、複数の角度から質問を重ねて聞き取ります。
①加害者への処分を求めるかどうか
②求める場合、どの程度の処分が相当と考えるか
③今後も同じ職場で顔を合わせることへの抵抗感はどの程度か
③は特に重要です。処分の重さだけでなく、配置転換や席の配置といった実務的な手当ての要否がここで決まります。
6.1 聞くときに、必ず伝えておくこと
意向を聞く際には、そのすべてに応じられるわけではないことも、あわせて伝える必要があります。
これを省くと、後に「会社は自分の希望を聞いておきながら無視した」という不信を生みます。聞く以上は、会社の判断には別の考慮も入ることを、最初に説明しておくべきです。
6.2 「穏便に済ませてほしい」と言われたとき
被害者が処分を望まないケースは実際にあります。しかし、だからといって会社が何もしなくてよいわけではありません。
会社が処分を検討する根拠は、被害者の処罰感情ではなく、企業秩序の維持と再発の防止にあります。そして前例を作らないという目線も必要です。今回見逃せば、次に同種の事案が起きたときに会社は処分できなくなります。
処分をしないという判断をする場合でも、始末書を提出させるなどして、明確に反省させる。何も残さずに終わらせることだけは避けるべきです。
6.3 二次被害を防ぐための配慮
被害を受けた社員に対しては、二次被害を防ぐための配慮が不可欠です。
●被害社員の話を丁寧に聞き、精神的なケアを行う
●被害社員の希望を尊重し、休職などの適切な措置を講じる
●加害者と被害者を物理的に隔離する
●社内規定に基づき、相談窓口を案内する
●プライバシー保護に配慮し、情報管理を徹底する
7.退職勧奨で解決する場合の進め方
解雇によらずに雇用関係を終了させる方法が退職勧奨です。本人が応じれば、処分の有効性を争われる余地がなくなるため、無効リスクを避けるという観点では最も確実です。当事務所が扱った事案でこれを選んだのも、事実に争いが残っていたことと、被害者が報復をおそれていたことが理由でした。
セクハラ事案の退職勧奨は、通常の退職勧奨とは前提が違います。会社は比較的強い姿勢で臨んでよいというのが実務上の感覚です。認定できた事実があり、それが企業秩序に反する行為である以上、会社が退職を求めること自体に後ろめたさは要りません。
ただし当然ながら、退職勧奨が違法な退職強要にならない範囲で行う必要があります。長時間の拘束、複数回にわたる執拗な説得、威圧的な言動は避けなければなりません。
7.1 接触禁止と刑事責任
退職合意書には、被害者への接触禁止条項を入れることが考えられます。
ここで伝え方が重要になります。接触禁止に違反した場合、事案によっては刑事責任の問題になる——この点は正確に伝えるべきですが、脅しに聞こえない言い方で伝える必要があります。
威圧的に告げれば、それ自体が退職強要と評価されかねません。あくまで、違反した場合に何が起こりうるかを、事実として正確に説明する。この加減が実務の要点です。
退職合意書に盛り込むべき条項一般については、退職合意書を締結するときの注意点で解説しています。
8.海遊館事件——予防措置が処分を支える
セクハラを理由とする懲戒処分について、最高裁が判断を示した事件があります。
海遊館事件(最高裁第一小法廷 平成27年2月26日判決・労働判例1109号5頁)です。水族館の運営会社が、女性派遣社員に対して性的な発言を繰り返した男性管理職2名を、出勤停止処分および降格としました。
控訴審は、会社が事前に警告や注意をしていなかったことなどを理由に、処分を無効としました。しかし最高裁はこれを破棄し、処分を有効と判断しています。
最高裁が重視したのは次の点です。
●行為が1年余りにわたって繰り返されたこと
●管理職としての職責に照らして著しく不適切であったこと
●被害者が退職する一因となり、企業秩序や職場規律への有害な影響が看過し難いこと
●被害の申告があるまで、会社に事実を認識する機会がなかったこと
そして見落とされがちですが、この会社は平成21年から毎年、外部講師によるセクハラ研修を全従業員に実施し、禁止文書を配布・掲示していました。
つまり——予防措置を尽くしていた会社だからこそ、「警告がなかった」という反論が通らなかったという構造です。研修も周知も行っていなければ、結論は違っていた可能性があります。
この判例は、処分の場面だけでなく、平時の体制整備がそのまま有事の処分の有効性を支えることを示しています。
9.否認する加害者への対応
加害者が事実を認めない事案は、実務上とりわけ難しくなります。非を認めない以上は厳しい処分が相当となる一方、事実認定の基盤は弱いままだからです。
当事務所では、セクハラを否認した問題社員が適応障害を理由に休職し、最終的に自然退職に至った事案を扱っています。詳細は【解決事例】セクハラを否定する問題社員が適応障害を理由に休職をご覧ください。
この事案が示すのは、処分だけが解決手段ではないということです。就業規則の設計と手続の積み重ねによって、雇用関係を適法に終了させる道は残されています。
10.平時の備え——再発防止と体制整備
海遊館事件が示すとおり、平時の体制整備は有事の処分の有効性を左右します。
10.1 社内研修の実施
セクハラに関する社内研修は、従業員への意識啓発に非常に効果的です。研修内容は、セクハラの定義、種類、具体的な事例、発生した場合の対応などを網羅的にカバーする必要があります。
法律の改正や社会情勢の変化に合わせて、研修内容も定期的に見直すことが重要です。また管理職向けの研修も別途実施し、適切な対応方法を周知徹底することで、問題発生時の迅速かつ適切な対応を可能にします。
効果的な研修のためには、ロールプレイングを取り入れる、外部講師を招く、eラーニングを活用するなどの工夫が考えられます。eラーニングは時間や場所を選ばずに受講できるため、多忙な従業員でも受講しやすくなります。
弊所がセクハラ等の社内研修依頼を受けた場合、事前に担当者との打ち合わせを行い、実際に社内で問題になった事例や現に起こっていると疑われる事例を聞くケースがあります。その場合、その再発防止も含めて、被害者に配慮しつつ、研修内容に取り入れます。
研修から1,2年すると、研修の内容はほとんど忘れ去られて、再びセクハラ等のリスクが高まることが通常ですので、定期的な実施が必要です。
10.2 相談窓口の設置
被害が発生した場合、被害者が安心して相談できる窓口を設置することが重要です。人事部内、外部機関など複数の選択肢を用意し、相談しやすい環境を整えます。担当者は専門的な知識を持ち、被害者のプライバシー保護を徹底する必要があります。窓口の存在を社内に周知徹底することも重要です。
社外の相談窓口を設けることも有効です。社内の人間関係に影響されることなく相談できるため、より安心して相談できる環境が整います。
なお、弊所も、複数の企業の「外部相談窓口」という位置づけで相談受付を行っています。
10.3 就業規則の整備
就業規則にセクハラに関する規定を明確に記載することは、セクハラ防止に不可欠です。パワハラやマタハラに関する規定もあわせて整備することで、より包括的なハラスメント対策が可能になります。
当事務所では、社内研修の実施、外部相談窓口の受託、ハラスメント条項を含む就業規則の整備について、いずれもご相談を承っています。紛争が起きる前の段階でのご依頼が、結果として最も費用が小さく済みます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| セクハラの定義 | 該当する行為を具体的に列挙する(不適切な発言、身体接触、性的な画像の送付など)。LGBTQ+への配慮も必要 |
| 禁止事項 | セクハラに該当する行為を禁止することを明記する |
| 発生した場合の対応 | 相談窓口の利用方法、調査手続、懲戒処分の内容などを記載する |
| 懲戒処分 | セクハラ行為を行った従業員に対する懲戒処分の種類と基準を明確にする |
就業規則は定期的に見直しを行い、最新の情報に更新することが重要です。また内容を全従業員に周知徹底することで、セクハラに対する意識を高めることができます。周知は、冊子の配布、社内イントラネットへの掲載、説明会の実施など複数の手法を組み合わせるほうが効果的です。
11.よくある質問
11.1 示談交渉はどう進めるべきですか
企業は加害者側の立場で被害者と向き合うことになるため、示談交渉は弁護士に依頼することが推奨されます。適切な示談金の算定、示談書の作成、被害者との交渉の代理といった対応が可能です。
交渉にあたっては、証拠の保全を徹底すること、秘密保持について取り決めること、示談内容に法的拘束力を持たせることに注意が必要です。
11.2 解雇無効を争われた場合はどうなりますか
訴訟に発展する可能性があります。証拠書類を整理して主張を裏付ける資料を準備し、証人尋問に備える必要があります。
ただ、相手が訴訟提起をする前に、訴訟で展開することになるレベルの反論(分厚いだけのものではなく、本質に迫った内容を備えたもの。)を書面で相手に送付することによって、訴訟提起を阻む(相手がひるむ)可能性が十分にあります。ただし、この書面は弁護士名義で出すことに意味があります。事実認定と法的評価を誤ったまま送れば、かえって相手に材料を渡すことになりますので、作成はご相談ください。
訴訟提起に備えて、検証しておくべきことは、次のとおりです。これらに穴があれば、早期の和解も視野に対応する必要があるかもしれません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 就業規則の確認 | セクハラに関する規定が明確かどうか、検証する |
| 事実確認の徹底 | 客観的な証拠に基づいた事実関係を時系列に沿って明確にする |
| 処分内容の妥当性の検証 | セクハラの程度や態様、行為者の反省の度合いなどを考慮し、適切な処分であったかどうかを検証する |
| 手続きの適正性 | 懲戒手続き規定に則り、適正な手続きが踏まれたかどうかを検証する |
12.まとめ
セクハラを理由とする懲戒解雇について、会社が押さえるべき要点を整理します。
①懲戒解雇は選択肢だが、実務では選ばないことが多い。無効リスクと、被害者の安全の両面から検討する
②選択肢は「懲戒解雇か退職勧奨か」の二択ではない。懲戒解雇+予備的普通解雇、普通解雇のみ、諭旨解雇、懲戒処分+配置転換という幅がある
③一致している事実で何が認定できるかを先に評価する。加害者は自分の行為を甘く見ていることが多い
④被害者の供述も含めて信用性を評価する。認定できなかった事実は、認定できなかったものとして扱う
⑤より軽い処分で足りると評価される事情があれば、懲戒解雇は無効となりやすい。一発で懲戒解雇までは選択しない
⑥悪質性の評価に幅がある事案では、主位的に懲戒解雇、予備的に普通解雇という構成で無効リスクを分散させる。転換は自動では認められないため、通知書への明記が必要
⑦予備的普通解雇を付けても、他の手段を検討した跡がなければ相当性を欠くと判断され得る
⑧被害者の意向は複数の角度から聴取し、すべてに応じられるとは限らないことも伝える
⑨「穏便に」と言われても、企業秩序・再発防止と前例を作らない目線は必要。処分しない場合も始末書等で反省させる
⑩退職勧奨は無効リスクを避けるうえで最も確実だが、退職強要にならない範囲で行う
⑪平時の研修・周知が、有事の処分の有効性を支える
実務上の要点を一つに絞るなら、⑥です。処分の重さを競うのではなく、雇用関係を確実に終了させることを目的に据える。そのために懲戒解雇と普通解雇を併用する——この設計ができているかどうかで、結果が大きく変わります。
そして⑪は、問題が起きてからでは間に合いません。海遊館事件の会社が処分を維持できたのは、事件の前から体制を整えていたからです。
使用者側の労働問題について、ご相談をお待ちしております。
当事務所は使用者側の労務案件を専門とし、労働者側のご依頼はお受けしておりません。初回のご相談では、現状をお伺いしたうえで、想定される見通しと費用の概算をお伝えします。
法律相談料 30分まで 5,500円/30分超1時間まで 22,000円
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企業法務(使用者側での労務問題、契約書チェック、コンプライアンス体制の整備)、交通事故での損害賠償請求、相続、離婚などの家事事件、企業の事業再生・債務整理その他一般民事、刑事事件等に取り組む。
企業内の研修やセミナー開催の実績多数。
法律事務所として弁護士の質とサービスレベルの高さを磨き、地域経済、地域社会に貢献することを事務所の理念とする。
※日本全国からのご相談に対応しております。






